科学技術の評価のための議会オフィス(OPECST)(フランス)について

小林信一



概要
 科学技術の評価のための議会オフィス(OPECST)は科学技術活動や関連政策の評価を行うために議会に設置された組織である。OPECSTは国会議員により構成される組織で、議会からの要請に基づき特定のテーマの評価のための調査活動を行う。調査活動は国会議員が直接実施する。調査の過程でauditionと呼ばれる公聴会が実施される。auditionは意見を述べたい者が自由に参加できる形になっており、市民参加型のテクノロジー・アセスメントの性格を有する。しかし、評価報告はあくまで担当議員の責任において取りまとめられる。単に不特定の市民が意見を述べるだけでは社会的な正統性を主張するには不十分であるが、国民の代表たる国会議員の責任において意見が取りまとめられることによって、市民的意見が社会的正統性を獲得するルートを用意しているとみることができる。このようにOPECSTはテクノロジー・アセスメントのための組織というだけでなく、科学技術に関する公共的討論の場としての性格を有する。科学技術の社会的ガバナンスのための制度の一つの形態である。

1.はじめに
 科学技術の市民的評価、科学技術に関する意思決定に対する市民の関与は、「科学技術と社会」の重要なトピックである。日本でも、「国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針」(1997年)において、「大規模かつ重要なプロジェクトや、社会的関心の高い研究開発などについては、評価者に外部有識者を加えるとともに、国民各般の意見を評価に反映させることが必要である」とされている。実態はともかく、科学技術活動の評価に対する国民的関与が規定されている。また、コンセンサス会議が試行されていることは言うまでもない。
 各国の関連する活動や仕組みはすでに紹介されているが、ここではフランスの「科学技術の評価のための議会オフィス」(L'Office parlementaire d'Evaluation deschoix scientifiques et technologiques、OPECST)を紹介する。この機関は、議会による科学技術活動のアセスメント機関であると同時に、市民的討議の場を提供するものになっている、という点でユニークなものである。
 筆者は、1999年12月3日にOPECST事務局を訪問し、事務局長 M.Laurent氏、事務局スタッフ(日本調査担当)のJ-P. Gousseau氏のインタビューを行った。以下はその結果を整理したものである。なお、とりまとめにおいては、パンフレット、ホームページも参照した。また、2000年になって、「Parliaments and Technology」が出版され、その中でM. Laurent氏がOPECSTについて紹介している。これも参考にした。

2.設立の経緯
 フランスでは高速増殖炉のナトリウム漏洩事故を一つの契機として、科学技術に関する決定を専門家や政府だけに任せておくことに対する懸念が生じ、情報公開を求める圧力が強まった。そのような中で1980年前後から、科学技術活動に関しては、政府に比べて議会側の対応能力が弱いとの認識から、科学技術政策に関する政府の決定に対する評価、アセスメントを行う組織を議会が独自に持つべきだという考え方が生じてきた。その過程で、米国のOTA(Office of Technology Assessment)が参考にされた。
 議会内に技術アセスメント担当する組織を設置する案は、元研究大臣のRobertGalley氏(核物理学、産業大臣、科学研究大臣、国防大臣を歴任。後にOPECSTの議長も務める)を中心に推進された。しかし、フランスは議院内閣制であるために、議会が政府に対抗する組織を持つことは、与党の政策に対する牽制につながると考えた与党の反対で、なかなか実現しなかった。ミッテラン政権の登場により、ようやく実現の運びとなり、1983年に設置法が成立した。しかし、法律制定後も1984年末に両院が活動方法について合意するまでは何ら活動できないでいた。活動が本格化するのは、1988年国会選挙後に、科学技術分野の大学教授が議長に就任してからである。

3.組織
 OPECSTは議会内組織であり、議会に報告書を提出するアドバイス機関である。議会の常置委員会、特別委員会と同種の組織として位置付けられている。ただし、上院(Senat)、下院(Assemblee Nationale)が共同で設置する組織である(上院、下院が共同で設置する組織は、OPECSTが設置されるまでは極めて稀であったが、現在は一般化している)。また、行政府とは関係がないし、その他の外部組織からも干渉されない。もっとも、これまでの実績から、OPECSTは政界と学会とを媒介する組織としての性格を有するようになっている。
 上院議員(senateur)、下院議員(depute)各16名の32名でオフィスを構成する。この中から、議長President1名、筆頭副議長1名(議長と筆頭副議長は異なる議院から選出)、副議長6名(上院、下院各3名)が選ばれる。メンバーは各政党から指名されて参加する。メンバー数は、議会の政党別議席に比例して配分される。議員の半数は正式メンバーTitulaire、半数は補助メンバーSuppleantと呼ばれるが、これは法律上の規定であり、運営上は、投票権を除いては実質的に同じ役割を担っている。メンバーには、もともと科学技術のバックグラウンドを持つ者がなることが多く、それほど選択の幅はないので、だいたい決まった議員が出てくる(1997年初頭のメンバーは、医師8名、大学教授6名、その他の科学技術者数名)。事務局長は、上院、下院のそれぞれに配置される。事務局スタッフ(議会職員)は、事務局長を含め、計10名。事務局スタッフはあくまでメンバーの活動の補佐、支援であって、メンバーの代理として活動するわけではない。科学技術の経験のある事務局スタッフはきわめて稀である。
 また、研究者の専門的意見を聴取するために、多様な分野の有力な研究者15名からなる科学委員会が設置されている。ただし、現実には機能していない。これは、たとえ有力な研究者であっても、科学技術上のあらゆる問題を判断することは困難であるためである。

4.調査活動
 行政、学界が考えている研究の手段、方法などの是非、技術開発の方向性など、特定のテーマに関してアセスメント、評価を行う。手順は以下のとおり。
1)テーマの設定
 議会内の各種委員会、政党、一定数以上の議員からの要請によって問題提起され、テーマが設定される。
2)担当者(rapporteur報告者)の指名
 それぞれのテーマについて、OPECSTのメンバーの中から、担当議員(1名もしくは複数名、通常は1名ないし2名)を指名する。
3)フィージビリティ・スタディ
 担当者は、まずフィージビリティ・スタディを行い、結果をOPECSTへ報告する。その際、必要であれば、問題設定の修正などを行う。
4)調査
 調査はあくまでも担当議員の責任において実施される。OPECST事務局スタッフの補佐を受けるほか、必要であればワーキンググループを設置することもできる(このメンバーは議員でなくてよい)。また、調査実施のために1名以上のエキスパートもしくはコンサルタントを雇うことができる。エキスパートもしくはコンサルタントは外国人でもよい。ただし、米国でよく見られるように、外部のシンクタンクなどに外注するのではなく、あくまでも担当議員が中心になって調査を進める。
 調査では、さまざまな関係者(専門家だけでなく市民団体、労働組合なども)の意見聴取、現地調査、海外調査などを実施する。OPECSTは独自の予算を有し、政府や調査対象機関の費用等には頼らずに活動を実施する独立性を保証されている。また、軍事、国家機密などの例外を除き、あらゆる資料にアクセスする特権が認められている。この過程で、従来専門家集団や行政内部に留まっていた関連情報を公開させることになる。
5)audition
 大部分のテーマでは、調査の過程で、auditionと呼ばれる公聴会を公開で開催する。これは、意見を言いたい者であれば誰でも参加できるものである(政府と対立する組織なども意見表明できる。例えば、Greenpeaceも頻繁に参加している)。また、担当議員を中心に検討し、意見を聞きたい人については、招待状を出し、参加を要請する。参加者は少ないテーマで20名程度、関心が高い場合には100〜140名程度になる。参加者は多様であるが、関連する企業、団体関係者、消費者団体、労働団体関係者などである。まったく組織化されていない一般市民の参加はほとんどないようである。また、公開されているので傍聴も可能なようである。
 auditionは、議会内で実施される。一日に集中して実施する場合や、何日かに分けて実施される場合などがある。すべて議事録が採られる。この議事録は報告書に収録されることが多いが、収録されない場合でも最終的に報告書に添えて議会に提出される。このように誰がどのような意見を述べたかがすべて公式の記録として残るので、意見が聞き流されてしまうようなことがなく、参加者の満足感は高い。エキスパートもしくはコンサルタントは、auditionの議論を、専門的知識の観点からサポートする。つまり、必要に応じて専門用語や関連知識の解説をするなどして、一般市民に理解できる言葉で議論が進むように支援する。
 なお、auditionでは多様な意見が表明されるが、コンセンサスを形成することは目指さない。担当議員が多様な意見を収集するための場と位置付けられる。
 また、auditionは参加したい者が参加する形式であるが、調査の一環として行われる意見聴取は担当議員が意見を聞きたい人に対して行われるものである。意見聴取は、担当議員の主催するシンポジウムの形式(いわば集団意見聴取)で開催される場合もある。問題によっては意見聴取のみでauditionを行わない場合もあるようである。auditionも意見聴取もその形式は担当議員や問題の性質などにより異なっており、かなり柔軟に実施されているようである。(注:auditionと意見聴取との違いは、担当議員の立場からは本質的な違いはないと思われる。なぜならば、次項で述べるように、調査結果はあくまでも担当議員の責任でまとめるものであり、形式的にはauditionも意見聴取も多様な意見の収集作業の一環に過ぎないからである。意見の代表性や正統性を保証するのは国会議員としての立場であって、意見の収集の手順や方法の妥当性ではないからである。auditionの参加者と意見聴取の対象者の属性にとくに大きい差はないようだが、それはこうした事情によるものと考えられる。一方、国民の側からみると、auditionは誰でも参加し、意見表明することが可能であるが、意見聴取の場合はアクセスの可能性はないという違いがある。)
6)報告書
 担当議員は、調査、auditionなどを踏まえて報告書を作成する。あくまでも議員個人の責任でまとめ、auditionのコンセンサスをまとめるわけではない。
 中間とりまとめ段階で、担当議員は、OPECSTにそれを報告する。議員個人の責任でとりまとめるため、まれに偏ったものとなる場合があるが、OPECSTは全員一致原則で運営されており、偏った報告の場合にはこの段階で拒絶される。OPECSTが報告を採択した場合には、そこでの議論なども含めて、最終報告書を作成する。中間取りまとめ段階で、webなどで公表することがある。電子メールなどでさまざまな意見が寄せられるが、意味のある意見は少ないという。また、新聞記者などと情報交換することもある。
 OPECSTは最終報告書を議会に報告する。OPECSTの報告には、直接的に行政府の政策を変更させたり中止させる権限はない。その意味で直接的に政策などに反映されるわけではないが、議会における議論の参考として扱われ、議会の活動を通じて政府の規定方針にストップがかかる場合もある。
7)公表
 調査が完了し、報告書が議会に提出されると、記者会見で内容を公表する。多いときには80社程度のマスコミが記者会見に集まる。こうした記者会見を通じて調査結果がマスコミで報道されることも多い。また、報告書は印刷出版され、市民は議会の売店で購入できる。さらに最近は、web(http://www.senat.fr/opecst/index.htmlまたはhttp://www.assemblee-nat.fr/2/2lcc.htmなどを参照されたい)でも報告書が公開されている。webでは、報告書の概要が英語でも公開されている。

5.活動状況
 1テーマあたりの活動期間は、7ヶ月ないし1年程度が標準。ただし、議会選挙などがあると時間がかかる。
 テーマは、3分の1が原子力、エネルギー関係で、そのほかでは環境、健康医療などの分野が多い。原子力問題など、同一分野の調査を繰り返し実施することも多い。最近は、宇宙政策(有人宇宙飛行計画の是非)、太陽エネルギーの利用促進、サイクロトロン国際協力のあり方、リサイクル技術などのテーマを扱ってきた。なお、太陽エネルギーやリサイクルなどの環境関連分野の場合には、政府の政策への影響を期待するだけではなく、こうした活動や結果の公表を通じて、産業界や国民に対して、ガイドラインを示したり、望ましい技術の利用を促したりするような啓蒙的な狙いもある。なお、これまで40件の報告書をまとめたほか、現在は13テーマについて調査実施中。
 年間活動費約500万フラン。これは、純粋な調査費用であり、国内調査、海外調査の旅費などを含む。事務局スタッフの人件費は含まれない。エキスパート、コンサルタントの人件費は含む。活動費は海外のエキスパート、コンサルタントを雇うテーマは費用がかさむ。

6.OPECSTの活動に対する評価など
 聞き取り調査の相手のOPECSTの活動に対する評価、その他は以下の通り(一部は、同人の論文による)。
・調査活動を通じて、それまで公開されていなかった情報を収集し、公表することができる。また、専門家でなくともわかるような形で情報を公開する点で意味がある。
・国会議員が直接調査活動に従事する点が、諸外国の類似組織と顕著に異なる点である。
 国会議員という立場だからこそ言えることも少なくない。また、政治活動に反映できる点もメリットである。担当議員が忙しかったり、あまり熱心でない場合には、報告書の質が落ちるなど、OPECSTの活動の水準が担当議員の取り組み姿勢に左右されるというデメリットがある。
・auditionを取り入れた結果、いろいろな人が関心を持ち、繰り返し参加するようになってきた。
・最初は、行政=学界の閉鎖的関係に対して、政界、国会が楔を打つ形を狙った。しかし、予期したことではなかったが、auditionの導入、報告書の公開、webやマスコミ報道を通じた活動の紹介などのが、結果的には市民を巻き込む形を作り上げた。このように。アセスメント(評価)機能から討論のための場(市民的討論機能)へと変質したことがOPECSTの成功のポイントである。
・政府からは独立であるが、非公式に研究大臣がOPECSTを訪れ、意見交換をすることもあり、議会活動を経由せずに、政府の活動に影響を及ぼすこともある。
・他の国のテクノロジー・アセスメント機関に比べて、専門家による評価を幾分か犠牲にしている。一方で、公共的討議を組み込んでいるものの、最終的なとりまとめは国会議員が行う点で、コンセンサス会議とも一線を画している。
・OPECSTは日本にも調査に行くことが多く、原子力、エネルギー関係では交流がある。日本からも関係者の訪問がある。

7.個人的感想
・OPECSTという方式のポイントは、議員が直接調査を実施すること、およびauditionの実施による開放性の確保にあると思われる。社会的正統性を具現化するものとしての国会議員であるがゆえに、行政、学界と拮抗することができる。さらに、auditionを通じて市民的(非行政、非学界)利害を吸収することで、社会的正統性を強化できた。
・auditionでは、コンセンサス会議のように専門家パネル、市民パネルという分け方をしていないし、コンセンサスも目標とされない。とりまとめはあくまでも担当議員、さらにはOPECSTという議会内組織の責任で行われる。
・auditionは公共的討論の場として機能している。単なる市民的討論であれば、その代表性や正統性をいかに確保するかが問題となる。このために、参加者を一定の妥当なルールで選出する(選挙人名簿からのランダムな抽出など)などの工夫が必要になる。しかし、OPECSTのauditionの仕組みは、国会議員の存在によって公共的討論に一定の社会的正統性の裏づけを与える形になっている。
・もともと科学技術に関する決定は、行政=学界の対抗軸の中で行われていたが、議会さらには国民が割り込むことで、権力の分散化が実現した。
・日本で、OPECSTのようなアセスメント組織、公共的討論の場を導入することは困難なように思われる。しかし、フランスでも導入前は日本とまったく同じ状況だったと指摘された。フランスでも核エネルギー関連の事故が実現の契機になったことから、今日の日本は導入するよいタイミングだと示唆された。


参考文献

Office parlementaire d'Evaluation des choix scientifiques et technologiques,1999(パンフレット)

椦島次郎「欧米の議会科学技術評価機関」『外国の立法』34巻3/4号、pp.287-296、1996年

Laurent, Maurice, France - Office parlementaire d'Evaluation des choixscientifiques et technologiques, pp.125-146, In N. J. Vig & H. Paschen eds.,Parliaments and Technology, State Univ. of New York Press, 2000



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