1998年 STS NETWORK JAPAN 夏の学校報告
夏の学校'98 実行委員長 中村征樹(東京大学大学院)

統一テーマ 「STSの未来」
7月18日(土)〜20日(月) (於:山中湖セミナーハウス)

1「STSの未来 −応用STS学(STS工学)−」
松原 克志(常盤大学)
2「大学教育における理科教育は今…」
大辻 永(茨城大学)
3「紙リサイクルの日独比較 −『だぶつき』への対応」
丸山 康司(東京大学大学院)
4「素人は、科学報道を批判的に読み解けるか」
松山 圭子(浜松医科大学)
5「STSと科学技術政策 −欧州科学技術情報の自己組織化プロジェクトと日本の取り組み」
藤垣 裕子(科学技術政策研究所)
6「科学知識の公共性をめぐって」
木原 英逸(国士館大学)
7「科学史のための科学者、科学者のための科学史 −科学史MLから学んだこと−」
水野 義之(大阪大学核物理研究センター)
8「Science Wars in Japan?」
調 麻佐志(信州大学)/小林 信一(電気通信大学)
9「サイエンス・ウォーズをめぐって」
塚原 東吾(東海大学)/金森 修(東京水産大学)
10「合評会 松本三和夫『科学技術社会学の理論』を読む」
平川 秀幸(国際基督教大学大学院)他

 「来年の夏の学校の委員長は君だから」。その一言で、それまでSTSNJには一度か二度しか顔を出していなかった私が実行委員長に「内定」されたのは、たしか去年の6月頃のことだった。そして、それまで一度も声をかけられたことのなかった事務局会議の案内を突然受け取ったのが、今年の一月。その議題に「事務局員選出」が挙がっているのを見たときに予想しえた通り、事務局会議に参加すると、「夏の学校の実行委員長は中村君ってことで…」と一瞬で内定は「決定」に変わり、かくして今回の実行委員長を引き受けることになったわけである。しかしながら、勝手がなかなかつかめず、プログラムの作成などに予想以上に手間取ってしまって右往左往している内に、当日を迎えてしまった。
 今回の夏の学校は、4月のシンポジウムを引き継いで「STSの未来」をテーマに開催された。上記のプログラムのもと、総勢36名の参加者を迎え、初日からハプニングに見舞われたものの、参加者の皆さんのおかげで、熱気の内に、無事、終了することが出来た。後述するように、大変盛り上がった議論の繰り広げられた密度の濃い3日間だった。
  以下、今回の夏の学校で繰り広げられた議論から、個人的に興味深いと思った点を中心に紹介したい。(合評会については別に報告がある(はず)なので、その紹介は本稿では省く)。なお、以下の記述に誤りがあればそれは筆者の責任であり、当然ながら文責は筆者にある。そのおりにはご指摘をいただけますと幸いです。

 さて、今回の夏の学校は松原さんの報告から始まった。しかし、ここでいきなりハプニングが。というのも、ひどい交通渋滞で、集合時間にはまだ数人しか集まっていないという状況。報告の開始時刻になっても、司会者も初日の報告者もそろっていないという事態になってしまう。しかたなく、様子を見て2時間以上開始時刻を遅らせることになった。かくしてハプニングの内に開始された松原さんの報告は、STSの実践性を問うもので、「STSの未来」をテーマに掲げた今回の夏の学校の最初を飾るのにふさわしいものだった。報告ではSTS研究のタコツボ化をいかに防ぐことができるのかという問題提示に続いて、科学に対してアカウンタビリティを要求するSTSのアカウンタビリティはどのようなものであるべきかという問題が提起された。そしてそのような問題を考えていく際の導きの糸として、「STS工学」「STS実習」というアイディアが提示された。前者は、たとえば社会学が日常を対象としながらも自らはそこへ参与/介入していかないようなあり方に「STS学」を摸し、それに対してより参与的/実践的なSTSのあり方を追求するものである。また後者は「STS工学」の具体的な一つのあり方として、STSで習得した知識を社会での実習の中でどのように活用することができたかをSTS教育における評価に組み込むものである。これらの点は、STSというものが当初の思惑から逸れて自足的なひとつの「研究領域」へと陥ることなく社会への関与を可能としていく上で非常に重要な点だろう。
 続く大辻さんの報告では、参加者に「テスト」が配布された。小学校の理科教育で、各教育内容(「魚の育ち方」など)がどの学年のどの領域(生物/エネルギーなど)で教えられるかを推理するものだった。これには参加者全員が思わずはまり込んでしまった。が、「でき」は、大辻さんの学生さんたちのほうが(かなり?)優秀だった模様…。それはともかく、「テスト」で初等理科教育の内容構造について「学習」したのち、小学校の学習指導要領のコピーが配布された。筆者も含めて指導要領というものを始めてみたほとんどの参加者は感心。(この上手い話の持って行き方は、さすが教育学部、という印象を筆者は抱いた)。さらに大辻さんは最近の教育行政の動き(中央教育審議会/教育課程審議会)について紹介され、教育行政における意思決定のありかたを垣間見ることができた。
 夕食をはさんで丸山さんからの報告。紙リサイクルをめぐって、日本では古紙の需要の「だぶつき」ゆえに再生業者が倒産してしまっている。そのような状況をめぐる簡単な解説の後、日本とはまったく違う対応を見せているものとしてドイツのDSD(Dual System Deutschland)というシステムが紹介された。それは、回収業者とメーカーの間にDSDという機構を置き、そこがライセンス料と引き換えにGPマークのシールをメーカーに発行することで、シールの付いた「ごみ」を回収した業者がその費用を回収しうる確実な保証を選択肢として確保するものである(ここで回収業者には、市場と取り引きすることで利益を得る道も確保されている)。多少複雑ながらも巧妙なその機構により、ドイツにあってはリサイクルがシステムの内に組み込まれているのである。ただしそれはリサイクルに主眼があるというよりも、ライセンス料を課すことでごみの減量を図るものだという。ともかく、そのような大変興味深い事例の紹介の後、丸山さんからは、同様のシステムを日本でやるとしたらどのような問題がでてくるのかという問題が提起された。
 2日目は松山さんの報告で幕を開けた。「医師の提示した、素人が分かる範囲に限定された物語だけが流通する医学報道・医学啓蒙から脱するには、ジャーナリストが積極的に、批判的、対抗的ディコーディング(=医師の提示した物語を批判的に読み解くこと:中村註)を行う必要がある」が、それはいかにして可能かという、博士論文の審査時からの課題を提示した上で、それを考えていく際の足がかりとしてSTSNJのメンバーがこれまで書いてきたものからの抜粋を紹介された。その論点は大きくいえば、次の二点である。一つは、専門家と非専門家の関係を問題にするもので、これまでの議論が医療や科学技術の問題についてその判断をもっぱら専門家に任せることができるという前提を共有してきたのに対して、それらの問題は実のところ、問題の本質からして専門家の判断だけでは解決することができないとして、むしろそのような判断への非専門家の介入を積極的に主張するものである。またもう一つの論点は杉山さん(北大)が提示しているもので、科学技術のインフォームド・コンセントを実行していくにあたって、一般庶民は問題となっている科学技術の全容を理解する必要はなく、「選択のために必要なことだけ」を理解すればよい点を強調するものである。これらの点は松山さんの提起した問題にあっては、前者が批判的・対抗的ディコーディングの必要性を顕揚するのに対して、後者がその可能性を見出す際の手がかりとなるだろう。そして最後に、以上の論点をめぐりいくつかの問題が提起された。
 続いて藤垣さんから、サイエントメトリクス、サイエンスウォーズ、EUの「科学技術情報の自己組織化プロジェクト」というそれぞれ興味深い三者をめぐって報告がなされた。サイエントメトリクスは、数量的手法を人間社会に応用する手法それ自体を議論の対象とする点で、実は自然科学における数量化そのものへの反射的な視点を持つことが指摘された。そのような側面に着目することによって、サイエントメトリクスという定量的アプローチとSTS研究のもう一つの潮流である定性的アプローチを架橋することが可能となることが示唆された。また、サイエンスウォーズについて、80年代以降のアメリカの科学技術政策の変容を具体的に見ていく中で、それが科学技術行政/科学者/STS研究者の三者の力関係の変化の結果として読み解くことができると同時に、春のシンポジウムでも展開された異分野摩擦論の観点から、それを境界侵犯問題としても捉えられることが指摘された。科学者をとりまく暗黙の境界をSTS研究者が「侵犯」したがゆえに、それに対する不快感の表明としてサイエンスウォーズは勃発したのである。また、EUのプロジェクトに関して、その概要と具体的な内容、日本からの貢献などが紹介された。
 せっかく山中湖のすぐ近くまで来たのだから、ということで昼食は外で各自自由に取ることにし、付近の散策などで少しばかりリラックスしたところで、午後の報告が始まった。お昼前に到着したばかりの木原さんからは、科学知識とその公共性をめぐる報告がなされた。科学の公共的性格を捉え返すにあたって木原さんは、近代社会における公私概念がいかなるものなのかを把握した上で、その中における科学の位置づけを確定する作業を進めようという。そのような考察は、さまざまの特権をもった中間集団が国家によって打ち砕かれていくという近代の真っただ中で、科学者集団という自立性・自由を持った中間集団が成立したというパラドクスから出発する。そして近代化の過程における「自由」の意味の変容(外部権力からの中間集団の自由→中間集団からの個人の自由)のなかで、他人によって干渉されない私的領域の確保ということが自律的な自己決定としての近代的な自由の必要十分条件とみなされたこと、そしてそこにおいては所有権と可処分権が置換可能なものとみなされるにいたったことを明らかにした。しかしそのような近代的所有概念の自明性は、土地や身体を俎上に載せたとき覆される。所有権と可処分権の等置は公共性が介在するとき掘り崩されるのである。そのような議論を展開しながら、科学と市場における公共性をめぐる考察が進められた。
 そしてついに、これまでの議論でも何回か話題に出てきたサイエンス・ウォーズが俎上に上ることになる。科学史メーリングリスト上で「科学者」の立場から議論を展開してきた水野さんの報告では、同MLで繰り広げられたSSC論争を紹介しながら、水野さんの見解が鮮明にされた。科学史メーリングリストにおけるSSC論争は、科学研究の巨大化をめぐる議論の文脈でSSC計画の中止が挙げられたことに端を発した。それに対して水野さんは、それが巨大科学の問題なのではなく、アメリカにおける科学のあり方ゆえにもたらされた特殊な事例であることを、欧州で進行しているLHC計画を事例に出して強調された。また、SSCの研究目的であるHiggs粒子についてその研究意義を解説するとともに、これまで科学者の側が普通の人たちに対して自分たちの研究の意義を分かりやすく説明することを怠ってきたことを批判した。そしてここで際立ってきたのが、そこで主張される「説明」の性格である。普通の人たちに分かりやすく「説明」することを怠ってきたことを批判しながらも、それは必ずしもインフォームド・コンセントの議論へと回収されない。そうではなくて、人々に「インフォーム」はするけれども「コンセント(同意)」は求めない、という点が強調されるのである。これは、科学研究を進めるにあたってその当否を判断するだけの知識が普通の人には不足しており、それはやはり科学者の側に判断を委ねるしかない、という認識によっている。そのことを前提とした上で、その判断の正当性を納得してもらうべく普通の人たちに説明するということである。
 調さんから、はからずも日本におけるサイエンス・ウォーズに巻き込まれることとなった自身の経験が報告された。ことの経緯は、以前調さんが書いた懸賞論文が、とあるホームページ上の掲示板でやり玉に挙がっているということを知ったところから始まった。当人の知らないところで、調さんの論文が「批判」というよりは「中傷」の対象となっていたのである。それから調さんは掲示板上でかなり集中的に批判に応え、その後は見ていないとのことだったが、筆者自身該当の掲示板のログを見てみて、その時の調さんの心労が察せられたと同時に、今回の発表のために当時のログの冒頭部をプリントアウトしていて胃が痛くなったという感想に大きく納得した。
 続いて塚原さんからは、サイエンス・ウォーズをめぐる議論で前提とされがちな〈科学者〉対〈非科学者〉という図式は問題の本質を見落とすものであるという指摘がなされた。塚原さんはそこでの対立軸を〈プロ・サイエンス〉対〈アンチ・サイエンス〉と分類した上で、そのような境界は確定的なものではないことを指摘した。その対立軸はさまざまなレベルで多様な様相を呈しているのであって、複合的な構造において成立している。そして科学論者の中にもプロ・サイエンスとアンチ・サイエンスの対立はあり、そこでもミニ・サイエンス・ウォーズが展開されているのである。そしてそのような対立構造の分析こそが科学論者の仕事であるという指摘を行った。
  次に金森さんは、アメリカにおけるサイエンス・ウォーズの顛末を紹介された。サイエンス・ウォーズの背景にはアメリカにおけるポスト・モダニズムやカルチュアル・スタディーズをめぐる論争が背景にあることが指摘された。サイエンス・ウォーズの口火を切った『高次の迷信(Higher Superstition)』においては、不十分で一面的ながらも傾聴すべき科学論批判が展開されてもいた。しかしそれが可能としえた議論の広がりを、ソーカル事件は先に挙げた事情を背景にしてポストモダニズム批判へと切り縮めてしまったのである。(詳しくは、『現代思想』7月号/8月号掲載の金森さんの論文を参照のこと。)さらに金森さんは、フランスへの留学時代に実証科学の厚みを実感したという経験を語り、その厚みを尊重することを確認しながらも、科学のスポークスマンとしてではないあり方で議論を展開していく必要性を強調された。

 以上、報告を中心に振り返ってきたわけですが、この程度の概観でも分かる通り、議論の多岐にわたった非常に密度の濃い3日間でした。このような充実した夏の学校に企画者の一人として参加できたことをありがたく思います。プログラムの発送の遅れや当日になっての大幅な変更など、参加された皆様にはいろいろとご迷惑をおかけしましたが、皆様のおかげで非常に大成功を収めることができたように思います。とくに、お忙しいなか報告を引き受けてくださった報告者の皆様、副実行委員長としてかなりの面でサポートしていただいた平川さん、そしてとりわけ今回の宿の手配では文字通り奔走していただいた塚原さんには、本当にお世話になりました。ありがとうございます。
 最後に、STS-NET(ニフティを利用した電子会議室)上に寄せられた感想を紹介することで稿を閉じようと思います。「今回の夏の学校は今まででも一番面白い部類の夏の学校で,とりわけ,金森さん,松原さん,松山さんの発表が最高でした」(調さん)。「ほんとエキサイティングな3日間でした。しかし,とてもエキサイティングだった分,3日間では燃えつきれない〜!という感じでもありました。とくに2日目夕方のサイエンスウォーズ・セッション以降の時間が足りなかったぁ! もっといっぱい言いたいこと,議論したいことがあったのですが…。もう1日あったらなぁとつくづく思います。(体力がもたないか?)」(平川さん)。「とくに印象に残ったのは、Science Warsをめぐる報告と討論。現場の科学者(高エネルギー物理専攻)である水野氏も加わり、塚原さんの挑発的なコメントもあり、緊張に満ちて面白いものでした。とくに金森さんのhigh tensionな密度の濃い報告は刺激的でした。私にとって、今回の夏の学校は、報告者の一人でもあった藤垣裕子さんのいう「異分野摩擦」がキーワードになりました」(梶さん)。
 今回参加された方は勿論、参加できなかった方も是非、来年も(は)ご参加ください。来年の夏の学校で皆さんに再びお会いできるのを楽しみにしています。



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