再び、「大学における環境教育とは?」
−大学環境教育研究会ミニシンポジウム報告その2−
 内山弘美(東京大学大学院)

           

 STSNJのニューズレターvol.7,No.1(1996年1月)において、筆者は「大学における環境教育とは?」と題して、1995年5月に開催された環境教育学会の大学環境教育研究会シンポジウムの報告をし、次のような問題提起を行った。「大学における環境教育についての議論は、今に始まったことではない。少なくとも十年以上前から行われており、理系の研究者を中心に専門教育に比重を置いて論じられていた。しかも、教育学との接点を殆ど持つことなく語られてきたのである。1990年代に入り、学部・学科の改編・新設が進行する中で、環境関連の名称を掲げる学科・学部の設立が話題になっている。また、多くの大学で一般教育における環境関連の授業科目が増加している。ここで再び『大学における環境教育』について論じるのであれば、従来とは異なる視点に立った議論が望まれる。」(p7)
 筆者は、これを踏まえて、翌1996年5月に滋賀大学で行われた環境教育学会の大学環境教育研究会ミニシンポジウムにおいて、新たな視点から環境を冠する学部・学科(以下、環境冠学部・学科とする)を対象とした発表を行った。約30分という時間の制約の中で「1.大学における環境教育の流れ」「2.第2ブームにおける環境冠学部・学科の制度的側面」「3.環境冠学部・学科における研究・教育の実態とそのあり方」という、アプローチの異なる3つのテーマについて論じた。この内容を取り上げたのは、日本環境教育学会及び大学環境教育研究会において筆者が初めてである。なお「環境冠学部」「環境冠学科」という用語は筆者による造語である。
 以下に、当日配布したレジュメに基づいて発表の概要を整理する。

0.はじめに
 日本環境教育学会で大学を主題とした発表者及び大学環境教育研究会の構成メンバーは、主として1980年代後半以降に教養科目で環境の授業を担当する大学教師(実践者)であり、高等教育研究者は皆無であった。発表内容は(1)講義内容の紹介(2)環境問題・環境関連諸研究(大学と直接関連のないものを含む)(3)初等中等教育における環境教育言説の延長、の3領域に大別できた。これに対し、筆者は、初めて高等教育研究の立場から「大学における環境教育」について論じた。

1.大学における環境教育の歴史的視座
(1)背景となる高等教育の問題
 大学における環境教育の歴史を紐解くに先だち、その背景となる高等教育の問題及び言説を紹介した。ここでは、量的拡大によりエリート、マス、ユニバーサルと高等教育段階が移行するにつれ、質的変容が生じるという古典的なトロウの高等教育発展段階説を紹介した。その上で、エリート型からマス型への移行期である1960年代の高等教育政策や大学紛争に触れ、引き続き1970年代の第一次大学改革を概観した。
 さらに1990年代の第二次大学改革期にとび、大学進学率が50%、短大も含めれば70%に90年代の第二次大学改革期にとび、大学進学率が50%、短大も含めれば70%に達し、ポスト・マス型へ移行する中で、従来は大学進学しなかった層の学生が大量に増加し、学生の質的変容がみられることを述べた。1991年の大学設置基準大綱化前後から学部・学科の改組、新増設が進行する中で国際・情報・人間・環境を冠する学際学部・学科が増加していること、また伝統的なディシプリンにより構成されていた教養科目のカリキュラムが減少し、テーマ別授業科目が増加していること、さらに主として国立大学における大講座化への移行等を概観した。
 (2)大学における環境教育の制度化
 現在、国際・人間・情報・環境というキーワードが学部・学科の新設・改組の際にその名称として採用されることが多い。これは、大学の生き残りをかけた戦略とみなされている。その中で「環境」というキーワードは、20年前にも新設学部・学科の名称として多く用いられていた。すなわち、1970年代と1990年代の二度にわたり環境冠学部・学科の設立ラッシュが生じている。ここでは1970年代を大学における環境教育第一ブーム、1990年代を同第二ブーム、さらにそれ以前の時期を環境科学前史とし、1950年代から現在までの三十数年間を3つの時期に区分した。
 1950年代後半〜1960年代前半「環境科学前史」:1950年代は公害が社会問題化する以前であり、ビキニ環礁の水爆実験による放射能汚染が社会的背景の一つであった。この時期に設置された衛生工学科は、学際的な学科の走りであった。
 1960年代後半〜70年代後半「大学における環境教育第一ブーム」:1960年代は公害が社会問題化した時代であった。1960年代後半の最初の環境冠学科設置を皮切りに、1970年題化した時代であった。1960年代後半の最初の環境冠学科設置を皮切りに、1970年代半ばに国立大学の理系学部を中心に環境冠学科の設立ラッシュとなり、総数は20を超えた。
1980年代後半〜「大学における環境教育第二ブーム」:1980年代末から地球環境問題に対する社会的関心が高揚し、再び環境冠学科が相次いで設置されるようになった。1990年代に入ると特に顕著になっている。この時期の特徴の第一は国立大学のみならず公私立大学にも波及していること、第二は学部の設置も目立っていること、第三は人文社会系の領域にまで広がっているという点である。さらに、教養教育を中心とした環境関連授業科目の増加も新たな動向である。

2.環境冠学科の今日的特徴−国立大学を中心に−
(1)環境冠学部・学科の設置動向:環境冠学部・学科の設置年一覧(筆者による作成)を示しながら、国公私大別に第二ブームにおける環境冠学部・学科の設置動向について説明を行った。
(2)環境冠学部・学科の形態:環境冠学部・学科が包含する領域やその形態は多様である。本発表では、国立大学を事例にして、第二ブームに設置された環境冠学部・学科の形態についてOHPを多数使用して説明を行なった。例えば、農学部は実学とアカデミズム、工学部は土木・建築系、理学部は単に大学科化、そして教養部・家政学部においても様々な特徴が見られた。
(3)私立大学..人文社会系

3.環境冠学科の課題−看板と内容の乖離の問題−
 既存の学科を環境冠学科に再編した結果、環境に対し熱意を持った学生が多数入学し学生の質的変容をもたらしたことは、大学側にとってのプラスの面が大きい。しかし教育内容は、学生達が想定していたいわゆる”環境問題”を扱うのではない場合が往々にしてあり、実際、学生の期待と現実のギャップ、換言すれば、看板と内容の乖離の問題が生じている。これについて学生と教職員に対し聞き取り調査を行ったところ、学生側は、大学が学生の志向に対応して教育内容を変えるべきであること、教官の研究の変化に先行して教育を「環境」に変えるべきであるという意見であった。一方、教官側は、マスコミが取り上げるいわゆる環境問題を扱うという学生のイメージが誤りであり、環境問題を解決するための基礎的な科学研究・教育を行う学科であることを調べた上で入学すべきであること、教官の研究内容の変化に応じて教育を変化させるので、「環境」を扱う教育にシフトさせるのに時間がかかるということであった。
 以上を踏まえ、研究と教育の統合の問題、環境に直接関係ないが世の中に必要な研究は残しておくべきなのかどうかという点、そして看板と内容の一致は必ず必要であるのかという点について、今後議論を展開していきたい。
 本レジュメは1996年5月12日に開催された環境教育学会の大学環境教育研究会で発表した内容をまとめたものです。ご意見ご批判いただければ幸いです。また引用などをされる場合は、本レジュメからの引用であることを明記してくださるようお願い致します。
(参考資料(拙稿):『日本環境教育学会第7回大会研究発表要旨集』1996,p185,大学環境教育研究会レジュメ1996.5.12,『大学環境教育研究会ニューズレタ-』No.16,p35-38,19w環境教育研究会ニューズレター』No.16,p35-38,1997.1,大学史研究会レジュメ1996.12,p35-38,1997.1,大学史研究会レジュメ1996.12) 



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