複雑に行動する単純な人たち
 信州大学人文学部 調 麻佐志


 最近,STS-NETで盛り上がっている話題の一つに,技術者の「行動原理」とでも呼ぶべき話題がある。例えば,技術者が一端ある方向に開発努力を始めたら,その方向に走り続けるという「慣性の原理」などである(レミングの原理とは呼ばないように...)。どなたかが指摘されていたが,「慣性の原理」自体は何も技術者だけの話ではない。我々すべてに当てはまるものである。それでも,この「行動原理」に基づいて技術者の行動を観察すると大いに頷ける点がある。
 本稿の読者にも技術者がいると思われるので,気を悪くされたら申し訳ないのだが,技術者の行動パタンは専門領域を離れてしまえば,極めて近視眼的であることが多いように感じる。その結果,慣性の原理が生じるのではないだろうか?
 私は今夏に,ある工学系の国際会議に出席して,近視眼の例を多量に見かけて一人で喜んでいた。その国際会議は比較的応用に重点をおいた工学系の会議であったため,発表者の多くは,自身の研究に対してどのような社会的ニーズがあるかを示しながら,研究の成果を発表していた。つまり,こんな感じである(若干戯画化してある)。

 「社会の高齢化にともなって,女性の社会進出が今後さらに進み,留守番を余儀なくされる子供が増えるであろう。そのようにして家庭に一人残された子供の世話をするのに,Webとフェース・トラッキング,ホームエレクトロニクスの三つの技術を組み合わせた“職場に居ながらにして子供の顔を見て面倒がみれるシステム”は大変役に立つ筈である。もちろん乳幼児には適当でないので,10歳ぐらい以上の子供を持つ家庭が想定される利用者である。」

 三つの技術を組み合わせるという点で,誰でも思いつくとはいえ,実現するにはそれなりの課題もあって面白い研究であり,試験システムの出来もよかった。それでも,私は発表後に質問したくてしたくて,堪えるのが大変だった。

 児童館のようなものを社会的に整備した方がいいんじゃない?
 テレビ電話で十分だと思うのですが...
 大体いくらかかるの?

 どうやら,応用を標榜するこの会議においても,研究をすべて終わらせてから,社会的ニーズをでっち上げていることが多いらしい。研究の世界では,後からでっち挙げるのはよくある話ではあるが,もう少しうまくでっち上げて欲しいものである。

 蟻の例えにもよくあるように,技術者一人一人の行動パタンは案外に単純で,全員が集まって動くから,複雑に見えるのかもしれない。技術活動の「複雑系」というのを研究すれば実りある成果が得られるに違いない(ウソ!)。


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