今年の東京モーターショーでの話題の一つは環境に配慮した車だという。従来から排気ガス中のNOxや炭化水素、あるいはCO2量の削減のために、天然ガスやメタノール、水素を燃料とした自動車の開発が行われているが、走行時の排気ガスが全く出ない電気自動車がその究極と目されている。しかし、現在のところ、国内の各自動車メーカが開発に力を入れているは電動機(モーター)とガソリンエンジンを併用するハイブリッドカーであるという。なぜ、電気自動車に素直に進まないのか。
まず普通その理由として喧伝されるのは、製造コスト、そして販売価格が高くなり普及しない、走行性能(最高速度、加速性、1回の充電で走れる走行距離)が劣る、ガソリンスタンドのような補給基地が整備されていない、などということである。また、電気自動車では騒音が大幅に減ることを逆にとり、音がしないということは、接近してくる車に気が付かず却って歩行者にとって危ないという本末転倒の批判をする人も居る。しかし、根本的に気になるのは、本当に電気自動車はガソリン車より環境に対する影響が小さいのかということである。電気自動車は"Zero Emission Vehicle"と言われるが、もともとの発電段階でも排気ガスは出ており、"Elsewhere Emission Vehicle"に過ぎないと言う批判がある。また、蓄電池やモーター用の磁石などに用いるレアメタルなど、製造に多くのエネルギーを必要とする素材を使うので、より排気ガスなどの汚染物質の排出はむしろ増えているのではないかという心配もある。
このような疑問に対しては、自動車の走行だけでなく、その製造さらには素材となる鉄等の原料の採掘までを含めて考える必要があり、LCA(Life Cycle Assessment)という手法で解を与えることが試みられてる。例えば、Kobayashiらによれば日本国内で、自動車が生産され、10万kmの走行をするとすれば、CO2、NOx、SOxの排出量は、ガソリン車にくらべと電気自動車はそれぞれ0.54、0.34、1.04倍になると言う。つまり、SOxはわずかに増える可能性があるが、CO2とNOxは大幅に減る。(註1)(註2)
実はこのような電気自動車とガソリン自動車の比較にはトリックがひとつある。それは、「同じ重量の車」ならばという前提である。電気自動車の場合、重いバッテリーを積まなくてはならないので、ガソリン自動車と同じ重量にすると、室内空間や可載重量は小さくなってしまう。比較をするためには同じ機能をもった車を対象としなければならない。例えば乗車定員を比較の基準となる機能とすれば、電気自動車の方が重くなり、先ほどの比較は電気自動車にとって不利な側に動く。(註3)
このような論理で自動車メーカは電気自動車にあまり積極的ではないというのもなんとなくうなずいてしまうだろうが、普通の自動車メーカが電気自動車にあまり熱心でない(なかった?)のは、電気自動車が技術的に簡単だからという話がある。アメリカでは、ガソリン車を電気自動車に改造するためのキットが市販されたり、高校生によるそのような電気自動車のレースがおこなわれたり、必ずしも専門的知識を持たない人でもガソリンエンジン車から電気自動車への改造は困難ではないようだ。しかし、今までの自動車技術者が力を入れてきたのは何と言ってもエンジンである。自動車の技術的神髄はエンジンにあると信じられている。書店で自動車技術関係の本を捜してみるとほとんどはエンジンについてのものである。確かに燃料と空気の混合(キャブレター)、点火(プラグ)など様々な技術的課題を克服して、エンジンは一般大衆の機械となった。今でも、自動車の宣伝で技術的優秀さをアピールするのはエンジンであり、自動車会社で一番エライのはエンジン屋だという。それに引き換え、電気自動車は彼らの苦労の賜物であるエンジンが要らない。彼らの今までの努力は無になってしまうし、折角の技術が生かされない。エンジンが全くなくなってしまう訳ではないにしろ、彼らが電気自動車を拒否したくなる気持ちは十分に現実味を感じる。
企業の立場でも事情は同じだ。今まで自動車メーカはエンジンの開発および製造設備に多額の投資をしてきた。大して開発投資の要らない新技術が出てきてしまうと、これまでの投資の効率が悪くなってしまう。せっかく築いた競争力をリセットされてしまうという恐れを資本の立場がいだくのも無理はない。
技術が発展し、ある個人なり集団に蓄積されると、そこからの大転換はし難くなる。これは産業技術に限らず、大学などの研究テーマ、商慣習、役所の定型業務など挙げればきりがないが、合理的に見られる技術選択の中でも、変化に対する当事者の心理的拒絶反応が大きな要因かも知れない。あまりに環境に適合し過ぎた生物種が、環境の変化に対応できず、絶滅の運命をたどることがある。その意味で、自動車が雑種化(ハイブリッド)に生き残りの道を探っているのも興味深い。