工学部学生に対する私流STS教育の試み
 柴田 清(東北大学)

 金属工学科の3年生の講義として、LCA(Life Cycle Assessment)の話を中心に材料と環境問題との関わりを話してみたらと、昔の上司が非常勤講師の口を廻してくれた。LCAには愛憎半ばするが、自分なりのSTSに関する教育導入の実験のチャンスだとほとんど迷わず引き受けてしまった。
 そして「材料技術者にとっての環境問題との関わりを示し、環境問題から材料とその製造プロセスの技術的課題を考える。問題の所在を示すことを第一の目標とし、必ずしも問題の解き方・解答を示すことを目指すものではない。」と宣言し、以下のような項目に関して話題提供のように5回(90分/回)講義をおこなった。

第1回:「牛乳パックのリサイクルは地球にやさしいのか?」
「地球にやさしい」の評価方法としてのLCAの基本的考え方
LCA応用例として飲料容器用材料の比較検討・・・・・・鉄缶、アルミ缶、ビン、紙パック

第2回:「どんな自動車に乗ればよいか?」
自動車材料の社会的要請による変化の歴史・・・・・・社会的要請と強度・加工性・耐久性
自動車のLCAと自動車用材料の課題・・・・・・車体のアルミ化・樹脂化の意味
自動車解体業の実際・・・・・・部品採取でしか儲からない
電気自動車の現状と課題・・・・・・機器の効率と電力源により評価は変化

第3回:「自然エネルギーは救世主か?」
自然(再生可能)エネルギーのフロー・・・・・・莫大な大きさ
自然エネルギーの利用技術と課題・・・・・・時間的変動、空間的偏在・希薄さ

第4回:「成長の限界は何処へ行ったのか?」
ローマクラブの「成長の限界」・・・・・・予測は外れたように見えるが
金属・エネルギー資源の枯渇の可能性・・・・・・危ない資源は

第5回:「環境の代金はいくらか?」
環境保全の優先度が下がる原因・・・・・・費用便益分析・割引率の問題
環境保全を誘導する経済的手段・・・・・外部コストの見積もりかた
功利主義を離れた環境倫理の背景・・・・・・人間非中心主義、世代間倫理
技術者の役割・・・・・・蛸壺からの脱却


 個人的思いとしては、最終回においた自分なりのSTS的視点の重要性アピールを導くために、初回から4回までの話題を紹介した。果たしてこれをSTS的視点ということが妥当かどうかは不明だが、技術のもたらす多面的な影響をちゃんと考えることが出来る技術者になって欲しいというメッセージを伝えたかった。「丼」型技術者ということも言った。これは従来からよく言われる「I」型から「T」型、そして「Π」型という流れをさらに拡張したもので、おまけとしてその中にある自分と言うものも他人に見えるようにしておくことも重要だと言う意味でこじつけた。
 で、実際の結果だが、何せ教員1年生なので、講義の技術的問題、すなわち時間の配分や、板書・OHP・配布資料の使い分けなど反省点は多いが、それ以上にやはり工学部の授業ということで、本心よりは科学技術の発展に期待するといったトーンになってしまったことは否めない。あまりに科学技術のひき起こした問題を強調して、今後の他の工学の講義に対する意欲を減退させてもまずいと思ったからだ。また、「材料プロセス設計」という講義名にも引きずられて、毎回多少なりとも金属材料のことに触れなくてはというプレッシャーも感じてしまった。
 毎回講義の最後にA5版の紙を配り、その日の内容に関する感想や質問等を記入させた。単位欲しさのためか、「おもしろかった」というようなヨイショの感想も多かったが、それを割り引いてみても、概ね好評だったと自負している。最もインパクトの大きかったのは「成長の限界」や南北間格差のデータを紹介したことだったようだ。環境問題がこれだけ話題になっていても、彼らはまとまった知識を得る場は無かったという。環境に限らず、金属材料という立場から社会的問題を見て、再び金属材料の問題に帰るという意図は必ずしも実現できたとはいえないが、技術の目的を話したことは学生には新鮮であったのではないかと思う。
 自分が学生であった頃を振り返ってみれば、工学の教育でも何の役に立つのか、どんな問題に立ち向かう手段なのかは明確ではなく、実態は試験問題の解法、試験に受かるための勉強だった。無論これは勉強する側の意識の問題でもあるが、同時に科学教育の流れであろうか、なぜこれを学ぶかという目的を明確にせず、純粋な好奇心に期待する教える側の問題も否定できないような気がする。
 幸い、来年も類似の講義をもつ機会を与えてもらえそうなので、問題点を情報として与えるだけでなく、それを発見する能力の開発につながるような道を考えてみたい。


[戻る]
Copyright (C) 1996, STS Network Japan
All rights reserved
For More Information Contact office@stsnj.org