主張(1995年12月16日)


鵜浦 裕(北里大学外国語センター専任講師)

 NHK教育テレビ『英会話上級』では、一九九五年一二月一三日、一四日の二日間に再放送を含めて合計三回、フィリップ・E・ジョンソン(カリフォルニア大学バークレイ校法学部犯罪法)教授を登場させた。日本ではまったくの無名だが、彼は『ダーウィン・オン・トライアル』(一九九一年)を著し、アメリカで一躍有名になった人である。ただし、その本はスティーブン・J・グールドをはじめ多くの科学者や科学史家から痛烈に批判されている。
 「インタビューを楽しむ」という副題が示すように、ジョンソン教授は日本人の英語力向上に一役買ってくれたわけだが、同時に副産物として、「生物進化の証拠を検証する」という表題で「ダーウィニズムの非科学性とその精神的害毒、そして創造主の存在」という宗教メッセージを全国ネットで唱導したのである。
 一流大学の教授がダーウィニズムを否定し創造主の存在を強調するという設定は、日本の創造論者(この宇宙は神によって造られたと信じる人たち)に格好のクリスマス・プレゼントになったかもしれない。しかし日本の科学者や教育者にとっては(もしこの番組に気づいていたならば)、生物学に詳しくない法学者の自然選択説批判を正面からとりあげたものとして、かなり奇異な番組に映ったであろう。
  アメリカの大きな教育問題である「創造論vs進化論」論争の一方だけをとりあげ、特定の宗教のメッセージと、現在の科学界の基準から大きくはずれた見解を、背景の解説をほとんど抜きにして放送することは、どこの国でも許されないだろう。現実はさておき、アメリカではこうした行為は憲法上許されない。あいまいな日本にも「放送法」や「日本放送協会国内番組基準」があり、「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う」と定められている。
 番組スタッフに創造論喧伝の意図があったとは到底思えないが、彼らがまったく無防備だったことも確かである。確かに科学と宗教の対立の経験が少ないため、無防備でもいたしかたないところはある。しかし、英語教育が「布教の場」となる危険はつねにある。他の非英語圏と同じく、日本でも英語で書かれたキリスト教出版物は安く、教会は「安い」英語を教えるところになっている。
 他方、日米の際だったちがいであるが、アメリカなら大騒ぎとなるような番組でも日本では波風一つ立たない。一六日現在、大新聞の投書欄には何の反応もみられない。おそらく、NHKにも苦情は出ていないだろう。確かに創造論のステルス機は一撃を加えたのだが、標的にされたはずの日本がまったく気づいていない。そもそも番組スタッフも自分のしたことに気づいていなかったと思う。これこそまさに誰も気づかない「ステルス・アタック」だ。これではジョンソン教授も張り合いがないにちがいない。
 しかし、NHKから出演依頼を受けたジョンソン教授は出演料だけでなく、日本を代表するテレビ局の「ホンモノとしての公認」を受け取り、それは他局での同じような出演機会につながるかもしれない。
 ジョンソン教授が法の専門家としてテレビ出演するのは問題ない。あるいは創造論運動の指導者として日本のテレビに出演するなら、創造論運動研究者としてはうれしいかぎりだ。しかし進化論の専門家として出演するのは見たくないのである。



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