すでに、綾部君が紹介してくれていますが、MODE2研究会の背景について、少し詳しく紹介します。
(きっかけ)
9月にオタワで開催された、science funding systemに関する国際会議に参加した折に、しきりに話題になっていたのが、GibbonsらによるThe NewProduction of Knowledgeという文献でした。著者のうち多分2人がスピーカーとして招待されていました。
帰国後に、サイエンス・コミュニケーション’95を片付けてから注文し、最近入手し、読み始めたところです。非常に重要な文献だと直感しました。ビッグ・ネームが名を連ねていることだけでも、一読の価値はあると思いますが、会議での欧米各国参加者のあいだでの活発な議論から推測しても、かなり重要な文献だと思われます。(個人的には、「文明社会の野蛮人」以来の興奮状況にあります)
現在までに理解していることを、自己流の解釈や推測を交えて簡単に紹介します。
(文献の概要)
MODE1
科学技術活動や科学技術知識のあり方に大きな変化が観察される。これをMODE1の知識生産活動からMODE2の知識生産活動への移行もしくは、MODE2の出現として捉えようというのが、この文献のスタンスです。
MODE1は、従来の科学技術活動のモードであり、そこでは、研究活動は、各ディシプリンの内的論理によって進められる。例えば、problemsolvingは、ディシプリンの内的規約にしたがって進められ、研究(成果)の価値は、ディシプリンの知識体系の発展に如何に貢献しているかによって決まる。研究の事前評価においても、peer reviewにより、ディシプリンの知識体系の発展に如何に貢献しうるかを問われる。研究成果は、学術雑誌、学会などの制度化されたメディアを通じて普及する。知識は、発見の上に発見を重ねる形で、発展していく。研究活動の実用的なゴールは(直接的には)存在しない。人材養成は、各ディシプリンの中で行われる。したがって、外部の人間が入り込むことが困難、あるいは、外部の人間が関与することを正当化する論理がない。ようするに、従来型の科学の規範であり、科学の行動様式です。
MODE2の発見
しかし、現実の科学技術研究活動をみると、こうした建て前の規範とは異なる活動、行動様式が拡大している。例えば、政府の科学技術活動に対する助成では、助成側がある程度のターゲットを決めて、プロジェクトを募集するといったことがある。産業技術開発では典型的であるし、学術研究でも文部省科学研究費補助金の重点領域研究のように、テーマを設定した上でプロジェクトを募集する。また、環境、医療・保健、南北問題など、ゴール先にありき、といった研究活動のスタイルもみられる。これらは、MODE1がディシプリンの内的論理で研究の方向が決まるのとは大いに様相を異にしている。こうした活動のあり方を知識生産様式のMODE2と捉えるわけである。
MODE2の特色
MODE2では、problem settingがapplicationとのcontextで決まる。しかも、特定のディシプリンだけでなく、広範な考慮、参加が求められる。そこでは、トランス・ディシプリナリなproblem solvingの枠組みが用意され、個別のディシプリンにはない独自の理論構造、研究方法、研究様式を構築する。これらは必ずしも個別のディシプリンの知識体系の発展には寄与しない(無関係である)。したがって、研究成果も学術雑誌、学会などの制度化されたメディアを通じて普及するというよりは、参加者たちのあいだで、co-extensive(この単語は会議で多用されていた言葉です。辞書的には「共時的、共空間的」といつたところでしょうが、うまい日本語がみつからないので、そのまま書いておきます)な形で普及していく。ようするに「学習的」な知識の普及である。MODE2の研究活動では、研究のステージに応じて参加者は入れ替わるので、知識はco-extensiveな形で普及していく。
参加者の範囲は広い。大学研究者のみならず、産業界、政府の専門家、さらには市民すらも、必要に応じて参加していくし、参加する必然性がある。知の拠点は相対化する。もっと踏み込んでいえば、こうした知的活動における研究開発のウェイトは小さくなる。科学技術の世界(学界)の外からの参加、関与が増大する。
知的活動の目的が社会的なapplicationにあるので、活動の社会的accountabilityが問題となる。簡単に言えば、社会的資源をつぎ込んでも、それが社会的問題の解決につながっているのかが直接問われることになる。評価の基準が、単にoutputの科学知識の積み上げへの貢献ではなく、目標に対するimpactまで含む多様なものになる。競争も、研究成果の先取権争いや研究助成を得るための競争ではなく、大きな研究課題の提案や、課題間のpriority settingの段階で激しい競争が起こる。たとえば、重点領域の領域設定のための競争を見よ。個々の研究者、研究チームが研究費を獲得するための競争以前に、領域を設定するための激しい競争が繰り広げられている。ようするに、「これが取り組むべき、資源を投入すべき課題だ」と研究のagendaを提案することが、競争の大きな要素となる。
こうした変化は、政府の研究政策のみならず産業界の研究開発でもみられる。企業が集まってコンソーシアムを作り、技術開発のロードマップを策定し、大学から自由に応募させて、大学に研究を委託するといったやり方もみられる。また、企業の新製品開発やその他のイノベーションにおける研究開発部門のウェイトが小さくなっていると聞く。
ようするに、目標のためには、既存のディシプリンにとどまることなく、しかも従来の科学技術に限定せず、セクターも越えて、人材を集めて取り組んでいくのである。これは、単なる応用研究、開発研究とも異なるし、インター・ディシプリナリとも異なる。