今後に繋がる市民会議を

薗田 恵美(神戸大学国際文化学部コミュニケーション学科4年)
emikko@tb4.so-net.ne.jp




4日間というスケジュールで行われたこの市民会議を振り返る と、とても過酷で、ほとんど思考停止状態の頭で必死に考えよう としていたことばかり思い出すのだが、それ以上にとても楽し かった。今回集まったのは大変意識的な学生達ばかりである。も ちろん、話しの上手下手はあるかもしれないが、みな事前に勉強 し、それぞれの分野から様々な意見を主張していた。それは、出 来上がった「課題と提案」が幅広い論点を取り上げていることか ら察することができるだろう。

さて、本稿においては筆者の主張する、市民会議の主催者側の 説明責任ということに的を絞って述べてみたい。それは、(1)パネ リストに対する説明、(2)社会に対する説明がなされるべきだとい う主張である。

パネリストに対する説明

ファシリテーターの存在を出来る限り小さくしよう、という考 えは、主催者側が議論の誘導を行わないためにも確かに正しい。 しかし、パネリストが最終的に提案を文章化するまで、ファシリ テーター(あるいは事務局側)が何を行い、何を行わないのか、と いう説明は必要ではなかったか。

今回、ファシリテーターが、「『未来予測』を出して、それか ら『課題』を考え、最終的に『提案』をしてください」と述べた ことで全員が非常に混乱した。「未来予測」、「課題」、「提案」そ れぞれに何をどう議論しろと言われているのかが明確には伝わら なかったのである。しかし、「存在の小さい」ファシリテーター は、それぞれについて明言しようとはしない。それにもかかわら ず、班(今回、事務局側による班分けやトピックによる班分けな どを行い、班ごとに取りまとめを行った)がそれぞれ出したもの に対して、ファシリテーターが「これではプレスリリースできな い」と、声を荒げる場面もあった。じゃあどうしろと?全員の目 に疲労の色が隠せなかった瞬間を私は忘れられない。

ちなみに、これはファシリテーター一人の問題ではない。一番 冷静でなければならない彼女が冷静さを失い、全員の戸惑いや疲 労(ここで3分でも休憩を取れば変わるのに、という場面があっ た)に対処できないほど焦ったのは、事務局側に問題がある。そ れにもかかわらず、2日目が終了し、私達が帰宅の準備をしてい るところで、事務局の一人(多分お偉方なんだろう)が、「いや、 僕達がやりたいことはそうではないんだよ」とファシリテーター に注文する場面があった。それはないだろう、筆者は心の中で憤 慨した。そもそもそういった合意は事前に深く話し合って得てお くべきだし、それをパネリストがいる前で言うべきではない。 (だからこんなところに書かれたりもする。)

もう一つ、特に筆者が所属していた班において戸惑ったのは、 最終日に事務局側が私達の文書を「作成」したことである。私達 の班はGMO(遺伝子組み換え作物)をグローバリゼーションや 生物特許などの視点から提言を行おうという班であり、その文書 作成は困難を極めた。話が一筋縄ではいかないだけに、どうして も文章が長くなってしまうのである。一睡も出来ずに作成した文章は、削れるだけ削ったにもかかわらず、他の班の文章の2倍近 くの分量であった。そこで、痺れを切らしたのか事務局の人がパ ソコンの前に座り、私達の文章を短いものに書き換え、そのつど 私達に合意を得る、という形を取ったのだ。

時間内に予定されていた分量にまとめられなかった私達にも、 もちろん責任はある。しかしながら、そもそも説明不足が生み出 した時間不足である。私達の班のパネリストの中には、事務局側 によって自分達の文章が書き換えられることに憤りを隠せない人 もいた。当然である。これは介入と取られても仕方ないし、その 行為に対する説明は全くなかったのだから。

ファシリテーターと事務局は、市民会議開催前に何度も打ち合 わせを行っているはずだし、しかもそれを行うこと自体は初めて ではない。それにもかかわらず、細部にいたる意思疎通や、状況 に応じた説明がなされていなかったように思う。パネリストが納 得して討議できるように、事務局、ファシリテーター、パネリス トのそれぞれの役割、会議の目的、手順など、説明が明確になさ れるべきだと思う。

(2)社会に対する説明

私達は頑張った。ほとんどのグループがほとんど寝る時間もな く「課題と提案」を作成した。ファシリテーターは、「これがプレ スリリースされます、他の省庁にも回ります」と何度も強調して いた。だからこそ、たった4日間という無理なスケジュールであ りながらもきちんとしたものを作らねば、という思いが全員の中 にあったのではないだろうか。

ところがどうだろう。この市民会議を報道したのは、おそらく 農業協同組合新聞くらいで、ほとんどのマスメディアは紹介すら していない。関係省庁がそれをどう政策決定の際に閲覧している のか、私達は知る由もない。

筆者はこれまで、GMOの問題をグローバリゼーションがもた らす影響という視点から捉えてきた。そこで、今回の提案に、日 本の消費者としての安全性の議論だけでなく、GMOが発展途上 国にもたらすであろう影響について警鐘を鳴らすような内容を盛 り込むことに意味があると考えてきたし、実際、盛り込めたこと は画期的なことだと思っていた。

だからこそ、失望は大きかった。これではただの自己満足の結 晶だ。「私の視点」が盛り込まれたというパネリスト個人の自己満 足、そして、農水省の「市民による会議を行った」という自己満 足。

おそらく農水省は、今後もこのような会議を続けていくつもり だろう。しかし、このままでは一般の関心は集まらない。

この会議は、どのように位置づけられ、どのように使われるの か。どんな意味があるのか。その説明が求められていると思う。 さもなくば、市民会議はその存在を知る非常に意識的な市民、つ まり、いわゆる「賛成派」や「反対派」の運動を行い、自らの意見を 公の場で述べたいという市民のみが集まり、「考えたい」市民、お そらく大多数である「普通の」「中間の」市民の意見を反映する場で はなくなってしまう。もちろん、それらの運動をする人がパネリ ストになってもよい。ただし、それらの人々が大多数を占めるの であれば、趣旨が変わってしまう。また、会議によって取りまと められたものが、全く政策に反映されない、あるいは反映されて いるのかどうかも全くわからないという状況が続くのであれば、 「農水省は金を使って市民の声を聞くふりをしているだけだ、け しからん」という声が上がるに違いない。悪循環である。

本当に市民の声を聞く気があるのなら、市民の「提案」がいつど こでどのように、政策に反映されるのか(あるいは、されないの か)を明確にするべきである。また、マスメディアをもう少し意 識した戦略も考えるべきだ。報道してもらえるようなプレスリ リースの方法や、その時期に合わせたトピックの選び方(今回の 会議はGMOに対する議論がいささか下火になっている状況で行 われた。)ということも言えるかも知れない。パネリストに対し ても、そうでない市民に対しても、自分達が行っていることを もっと明瞭に説明するべきである。

市民会議は今、岐路に立たされていると思う。市民が会議に参 加する、それは画期的だったが、市民がここでの討議において主 導権を握ったところで、肝心の政策決定において主導権が与えら れたわけではない。そこを曖昧にしたまま、この実験(もはやそ うも言ってはいられないが)をこのまま続けることにメリットが あるようには思えない。

この市民会議における大きな問題は、そのプロセスを外から評 価する人・機関がないということだ。メディアにさえ、1日目の 専門家の説明以外は公開されていない。

話が少し逸れてしまうが、専門家による説明の際、この場にお ける専門家の偏りと、専門家と呼ばれる人たちの説明責任に対す る意識の希薄さを感じたのは筆者だけではあるまい。まず、「食 と農の未来〜」という題目にも関わらず、農の専門家が一人もい ない。そして、GMOをグローバリゼーションとの関わりで見よ うとする視点を持った専門家もいない。さらに、何が言いたいの かわからない、つまり説明責任を果たしているとはとても言えな いような専門家もいた、ということが挙げられる。(これは、筆 者の主観的判断であることを断っておきたいが、実際に他のパネ リストに聞いてみても、その専門家については失笑せざるを得な いというコメントを得られた。)

ここだけでも疑問が噴出してくるのに、その後のパネリスト間 の議論は全て閉じられている。議論の本質や、今後の課題、改善 点などは出来上がった「課題と提案」だけでは到底わからない。 メディアに公開することに抵抗があると言うなら、まずは、会議 を評価し、監視するための第三者を置くことが必要だろう。この 第三者は、有識者と呼ばれる人達だけでなく他の市民に募っても 良いかもしれない。このような会議を日本の社会に根付かせ、活 用できるようなレベルにまで引き上げるためには、外からの評価 が欠かせないのではないだろうか。

かなり勝手な感想を述べたが、筆者自身にとって貴重な経験を させて頂き、大変感謝している。今後、市民会議が市民にとって も、専門家にとっても、また政策立案者にとっても実りある場に なることを期待し、そのための可能性を筆者もまた、考えてみた いと思う。




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