理科基礎シンポに参加して

重松真由美(東京大学大学院)




今回,化学史学会主催のシンポジウム「<化学史と教育>シンポジウム「理科基礎」をめぐって」に参加して、「理科基礎」への期待と現場での困難さを強く感じた.理科基礎に関しては、1998年の学習指導要領改訂によって新設された理科の科目で,2003年度から選択必修の一つとなっていること、内容に科学史が盛り込まれていることは知っていたのだが、実際に教科書を見たり、指導要領の本文を見たりというのははじめてであった.新しいコンセプトを持った科目であり,学校現場でどのように教えられているのか大変興味があった.ここでは,総合討論での議論をもとに感想を述べたいと思う.

シンポジウムに理科基礎を担当している先生が多く参加していたのが印象的であった.何か授業のヒントを得られればとシンポジウムに参加した先生が多かったように思う.シンポジウムの午前の部では理科基礎の授業の実践例が報告されていたが,総合討論では参加している先生方に理科基礎を開講している対象学年や受講する生徒の特徴,単位数,授業の形態,他の理科の科目との関係,問題となっていることなどを一通り報告する場が設けられた.この報告である先生の「理科基礎の教科書を読んでこれは面白いと思った.でも,何をどう教えたらよいのか悩んだ.」という発言がとても印象に残っている.

理科基礎という科目に対する私の第一印象は,面白い内容であり授業をぜひ受けてみたかったというものであった.理科の授業に科学史的な内容を織り込むことは,例えば法則の発見や科学者にまつわるエピソードなどに触れることによって学んでいる事項に関する関心や興味を持つきっかけとなりより深く内容を理解することができるので,積極的に取り入れるべきではないかと考えていたし,もし理科を教える機会があれば科学史の視点を取り入れた授業をできたらと思っていた.私がこのようなことを考えるようになったのは科学史の講義を受けていたことの影響が大きいわけだが,実際に教えるという立場におかれていなかったためか,面白いけど何をどう教えたらよいのかわからない,どのように授業の準備を行ったらよいのか手探り状態であるというような現場の混乱には正直言って驚いた面もあった.と同時に,理科基礎が科目となったことの意味が思った以上に大きいことに気づいた.

科学史を理科の授業に取り入れていくことは,こまで多かれ少なかれ実践されている.しかしながら,科目となったことによってこれまで実践の蓄積のない学校でも教えなければならなくなった.そのノウハウが広く生かされなければならないし,需要に応じた教材開発は必要不可欠であろう.また,総合討論でも出されていたが,そもそもの話として,科学史を教えること自体に違和感を持っている先生も多いようである.ほかにも,理科基礎をめぐって,例えば理科基礎を何年生で教えるのがよいのか,対象となる生徒によって位置づけが大きく変わるのではないか,この科目は理科であるが理科ではないというような意見が出されていた.それらは理科基礎が科学と人間生活とのかかわりや科学の発展の過程を中心に学ぶ科目と位置づけられ,これまでの物化生地とは異なった視点から理科を教える科目であるからことから出てくるのだろう.ある先生の発言は,理科基礎で生徒に理科の「面白さ」を伝えることができるのか?という不安でもあると思う.

総合討論では,科目間の連携についての議論や,教科書執筆者と教科書編集者からの発言もあり,現時点における理科基礎の問題点がたぶんに指摘されていたと思う.シンポジウムとしては,現場の現状報告から議論を先に進めることがなかなかできず,主催者である化学史学会の期待していた議論にまでは到達できなかったのではないだろうか.今回のシンポジウムで浮き彫りとなった課題は多いが,その分理科基礎に対する期待も大きいように思う.今後の化学史学会の<化学史と教育>プロジェクトの活動に期待したいと思う.

戦後の理科教育は,生活志向と実学志向の間を行き来しながら変遷してきた.最近の学習指導要領では,理科については知識詰め込み型の反省から科学の考え方を重視する傾向がみられる.考え方を重視するだけでなく,科学技術と社会の接点についても教科書で触れられるようになった.生徒の多様化を反映して選択科目がふやされ,また総合学習が導入されたことで科目を横断した学習も始まっている.こうした理科教育の変化の中で,科学史やSTSの視点が重要になってきたとも言える.シンポジウムを受けて私は,理科教育は何を目指すのか,理科という教科を通じて何を学ぶのかという根本的な問いをもう一度考えてみたいと思った.




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