〈化学史と教育〉シンポジウム「理科基礎をめぐって」報告

河野俊哉(暁星学園、東京大学大学院)




前号のNews Letterにおける案内通り、上記の日時、会場において化学史学会主催、日本化学会、STS Network Japanの後援で「<化学史と教育>シンポジウム」が開催された。このシンポジウムは、化学史学会の「化学史と教育」プロジェクトの一環として行われたものである。2003年4月から新学習指導要領の発表に伴い高等学校理科に選択必修の新科目「理科基礎」が導入され、実施が始まった。この科目は学習指導要領に「科学と人間生活とのかかわり、自然の探究・解明や科学の発展の過程について、観察、実験などを通して理解させ、科学に対する興味・関心を高めるとともに、科学的な見方や考え方を養う」ことを目標として設置された科目で、その内容は物化生地にわたり科学史を主な柱のひとつとしている。化学史学会では、これを機に「化学史と教育」プロジェクトを立ち上げ、化学史と化学教育との関わりについて研究を深めることにした。2003年3月に東京と名古屋でプロジェクトの立ち上げ会議を開催し、プロジェクト参加者における共通基盤形成のため、最新の化学史通史(Trevor H . Levere著Transforming Matter : A History of Chemistry from Alchemy to the Buckyball )を翻訳した後、最終的な目標としては「理科基礎」に限定することなく化学の授業で利用できる化学史関係の「教授資料」の作成を目指すことにした。学会ではシンポジウムを開催するにあたって、6月から7月にかけて「理科基礎」教科書を採用している高校の教員を対象にアンケートを実施した。より詳細なプログラムは、前号のNews Letterを参照して頂くとして、簡単に本シンポジウムの進行を示しておこう。午前の部においては「理科基礎授業の現状と問題点」と題し、まず最初に園部利彦氏(岐阜高校)より「理科基礎アンケートの集計結果と分析」を、続いて実際に4月から「理科基礎」を担当しておられる3名の教員より授業実践の報告をして頂いた。その内容は吉川契子氏(静岡中央高校)「新聞情報を取り入れた理科基礎授業」、伊勢勤子氏(岩手・広田水産高校)「高校生と一緒に学ぶ科学史:理科基礎に取り組んで」、竹林隆昭氏(大阪・興国高校)「教科を通して:理科基礎の授業を試みて」といったものである。午後の部においては、まず化学史学会副会長古川安氏(東京電機大学)より「社会史から見た化学」という演題で講演して頂き、その後「「理科基礎」教科書をめぐって」という題目で教科書執筆者、編集者、利用者をはじめとする参加者全員でパネル・ディスカッションを行った。以下ではもう少し詳細にその発表内容を紹介するとともに若干の感想を述べてみたい。

まず園部氏によるアンケート結果の分析であるが、アンケート自体も綿密に作成されたものであるが、その結果をまとめ分析した資料もかなりの頁数を占めた。本シンポジウムの資料は『化学史研究』の別冊として刊行され、全部で53頁になるものだが、そのうちアンケート関連部分は20頁となる。全国で「理科基礎」を採用した628の高校にアンケート用紙を送付し、その中から回答を得た136校についての集計結果を豊富な図やグラフを使いまとめてある。園部氏の発表もアンケートの順を追って行われた無駄のないものであった。その中から印象に残ったものを挙げておこう。特に印象に残ったのは「Q2:「理科基礎」の授業を実施して課題や悩みがあれば、お書き下さい」という項目への回答についてである。

「社会科の知識が必要である」、「化学は教えられるが、化学以外は難しい」、「生徒の中には「これは理科か社会か」と尋ねるものがある」といった回答が目を引く。これらの回答は、この科目が理科に属するのか、社会に属するのかといった疑問に基づいたものと言える。学問としての「科学史」は通常、歴史学の一部門として人文系に属するのが一般的だと考えられるが、高校での科目割では「理科」に属することから、そのねじれ構造に苦悩する教員と生徒の姿がありありと窺えるように思われる。教職科目に「科学史」が入っていないこともあり、学問としての「科学史」分野については知らない教員が多いことも考え合わせると、その状況はさらに悩ましいものとなる。また「後半では実験を行うなどして理科的にしたい」という回答からも窺えるように、そこには「理科といえば実験」という強迫観念とも言える題目が、上記の悩みに拍車をかけている様子までもが浮かび上がってくる。いずれにしてもこのような規模で行ったアンケートは、私自身過去に記憶がないこともあり、非常に興味深かった。

次に吉川氏から「新聞情報を取り入れた「理科基礎」授業」の発表があった。吉川氏の勤務校は、創立11周年を迎える単位制高校であり、多様な生徒(不登校経験者等)が在籍しており、4年制大学に進学する生徒も少ないとのことである。当日配布された資料からも窺えることだが、かなり準備に時間をかけておられる様子である。吉川氏の専門は地学であり、地学と生物を担当され以前からその中のごく一部に科学史を取り入れてきたとのことである。生徒は希望で科目を選択できるが、理科基礎は人気科目である。前半は生物学史、地学史を、後半で化学史、物理学史を、そして通年で新聞の科学情報を取り入れた課題研究を行っている。この課題研究は、NIE(Newspaper in Education=教育に新聞を)という運動の一環として行われている。「科学技術がなかったらどうなるか」を考えさせながら、生徒が「SARS」、「電力不足問題」、そして「気象衛星トラブル」などを身近な問題と認識していく過程が目に浮かぶようである。筆者には資料から窺える限り「科学史」というよりもむしろSTS的な授業実践に重点がおかれた授業と感じられた。それはそれで貴重な実践例であり、良く準備された授業だと思われる。

次に伊勢氏「高校生と一緒に学ぶ科学史」の発表があった。伊勢氏の勤務校は、水産技術科1クラス、家政科1クラスで全校で144名の学校である。その中の1年生各クラスそれぞれ22名が理科基礎を受講している。「理科(科学)のかげに人物(歴史)あり」をモットーに、科学者にニックネームをつけたり、似顔絵を用いながら身近なものになるよう工夫されている。ピラミッドに関しては、その大きさを体感するために模型を作成したりしている。当日配布された資料には期末テストの内容も掲載されているが、プラスチックの種類、用途、特徴などを身近な製品と結びつけながら問題が作成され、一方でカロザースについても基本的な事柄を確認するようになっている。吉川氏の発表は画像もまじえて行われたが、そこからは生徒との楽しげな授業の様子が窺われる。ただ筆者には科学史は題材にはしているものの、旧課程にある「化学。A」という科目(生活に密着した題材を扱い、より実際的内容を目指している科目)に近い印象を受けた。そのことは、吉川氏が参考文献として「化学。A」の教科書を挙げていることや、その他の参考文献の内容からも窺い知ることができる。「理科基礎」は必ずしも「科学史そのものを教える科目ではない」とする論者もいることを考えれば、文部科学省や一部(?)の教科書出版社は、このような授業を狙っているのかもしれないとも思った。

最後に竹林氏の発表であるが、竹林氏は生物が専門ということもあり、「科学史を基本に理科教育を行うべきで、特に生物学では時間軸(歴史)を抜きには存在しない」と考えて授業をしている。勤務校は、いわゆる「底辺校」だそうであるが、3つのコースに分かれている。その内訳は進学希望者を対象としたアドバンス・コース、卒業後就職する生徒が大半のITビジネス・コース、そして教養を身に付けることを目的としたスタンダード・コースの3つである。そのうち竹林氏が「理科基礎」を教えているのが、ITビジネス・コースの2クラス(35名程度)で、他の教員がスタンダード・コースで1クラス受け持っているとのことである。1学期は、デモクリトスからアボガドロに至るまでの化学史を、2学期はより日常生活に密着させ合成染料や繊維に関連する元素、分子式などを扱った。その結果1学期は何を学ぶか戸惑い気味だった生徒の平均点も2学期になると10点ほど上昇したそうである。当日配布されたアンケート結果から、「理科」の基礎を学ぶと考えている生徒も多く存在することがわかった。他の資料もあわせて考えてみると、教員も生徒も暗中模索の状況であることは間違いないようである。今後の展開を見守りたいと思う。

以上が午前の部であるが、午後の部は古川氏の「社会史から見た化学」という講演から始まった。古川氏は、科学史が歴史学の一分野であることを確認した後、いわゆる「科学の制度化」といった内容が検定で削除されたことを引き合いに出し、「理科基礎」に求められているのは科学の持つ没個性的な面(法則、実験・観察の重要性)を、歴史からわかりやすく理解することであると述べる。その上で社会史としての科学史の魅力も捨てがたいものであるから、教科書には掲載できないものの教員が理解し授業に取り込むことは可能だとしていくつかの例を挙げるのである。その例としては「18世紀における気体研究の社会的背景(気体発見を公衆衛生などの社会的コンテクストから読み直す)」、「社会史としての環境史(DDTや有鉛ガソリンが社会に与えた影響)」といったものであり、後者は映像資料もまじえて紹介された。シンポジウム後のアンケートの結果からも、有意義な講演であったことを窺い知ることができる。

最後にパネル・ディスカッションであるが、私自身も進行役の一人だったのであるが予想以上に困難を感じた。というのもそもそも高校教員でこのシンポジウムに参加された方の大半は、良い授業実践例や資料を紹介に来たのではなく、暗中模索の授業研究の中、御自分の授業実践に不安を感じて、良い授業実践や資料を求めて来た人達だったからである。

いずれにしても目に付いた点をいくつか取り上げてみよう。

まずは良く指摘されていることだが、理科基礎の教科書では、いわゆる定番の科学者とも言うべきシャルルやメンデレーエフを必ずしも取り上げていなかったり、全く取り上げていない場合もある。この辺の事情をメンデレーエフの研究家で教科書執筆者でもある梶雅範氏(東工大)に伺った。「メンデレーエフは良いが、周期表はいけない」と指摘をうけたそうである。その他採算も含め種々の制約があったことが明らかになった。指導書の方は、そのような制約がないためそちらの方で書きたいことを何とか書いたという執筆者は多いようである。またSTS的にはとりわけ関心の高い話になるかとも思うが、科目間の連携の話も出た。日本史や世界史といった社会科との連携はもちろんのこと、数学、英語などとの連携も含め今後考えていかなければならないことは明らかなようである。この辺は「総合学習」との関連も視野に入れて考えていかなければならない課題であろう。また「理科教育と科学史」という分野で長い間教材研究をされてきた日吉芳朗氏(石川・元輪島高校)からは、理科教育に科学史をいれることは十分に可能であり、余り難しく考えないで自由にやることが重要だという指摘があった。確かにこのような議論や研究の過程で、科学史家側から、「実はこの話は本当は〜」という形でエピソード的な科学史の誤りが指摘されることはよく見かける光景のように思う。しかしこのような指摘は、現場の教員をいたずらに萎縮させてしまったり、このような試みへの参加を鈍らせてしまうところがあるように思う。このことは仮説実験授業の提唱者である板倉聖宣氏も「科学史の束縛から自由になる」という題目で類似のことを指摘している。現場の教員が勉強をすることはもちろんのことだが、むしろ教職科目などに採用されてこなかった現状にも目を向けていかなければならないように思う。最後に教科書編集者側からの意見も紹介しておこう。ある出版社の編集者は理科基礎を非常に良い科目であると述べられ教科書内容もできるだけ詳細なものを心がけたということである。一方で他の編集者はできるだけ平易な記述を心がけたということで、この辺の対応は、対象とする生徒をどのあたりに絞ったかで大きく異なることが明らかになった。

最後に全体を振り返って、今回のシンポジウムでは、科学史を理科教育に導入するといった方向では深い話はできなかった。科学史を題材にした授業実践と暗中模索の状況を確認したに過ぎないかもしれない。しかし、シンポジウムの記録や集まった資料、アンケート結果、そして別冊などを読み返すとそれはそれで多くの貴重な財産が蓄積した様にも思われる。授業実践としては今回専門が生物の方が2名と地学の方が1名であった。対象とする生徒は理科を不得手とする場合が多かった。次回は是非化学、物理の専門の方や進学校などでの扱いに関しても研究を深めたいように思う。園部氏が「受験校において科学史が採用できないのは、不幸な現実」と述べられていたが、その言葉には一理あるように思う。そういった生徒だからこそ科学史を知って、「腑に落ちた」、「目から鱗が落ちた」と思う生徒も多数いるように思う。いずれにしてもこのような交流の場を持つことこそ重要であろう。今回は日本化学会、STSNJ後援ということもあり、北は北海道、西は愛媛まで広い範囲から多くの参加者を得た。とりわけSTSNJからは、受付、会場、機器などの点で御手伝い頂き感謝に絶えない。この場を借りて御礼申し上げる。学会としては、通史の翻訳作業に移り、次の会合へと発展させていきたいと考えている。






[戻る]
Copyright (C) 2003, STS Network Japan
All rights reserved
For More Information Contact office@stsnj.org