シンポジウム感想

神出瑞穂(科学技術・生存システム研究所)
kamide-mizuho@max.hi-ho.ne.jp




複写機(PPC)の技術史からみたわが国の技術知の特徴

1複写機の技術略史

米国オハイオ州コロンバスにバッテル記念研究所(NPO)がある。ここの業績のひとつに複写機原理の発明がある。小生がここを訪れたとき広報担当のスタッフは誇らしげに滔滔と説明してくれた。チェスター・カールソンはもともとベル研の特許部に勤務していたが、特許書類作成の非能率さを体験しバッテル研で複写機の開発に挑戦する。試行錯誤の末、ついに1938年感光ドラム静電転写方式を開発した。彼は特許弁理士でもあったのでその発明はしっかり特許化された。これが世に有名な「カールソン特許」である。この特許を購入してゼロックス社は米国で1959年普通紙対応の事務用複写機を商品化する。この製品は実に2000件以上の周辺特許でガードされていたので他社の進出を許さずゼロックス社は大いに業績を伸ばした。この点は特許権利史としても有名である。わが国ではF社と合弁で1962年サービスが開始された。国産初の普通紙複写機(C社電子写真方式)が商品化されるのは実に8年後の1970年のことである。それから基本特許が20年を経過し切れたこともあり続々国内メーカがこの分野に参入し複写機事業は事務機業界の大きな柱に成長、日本のお家芸になった。その後,写真の複写などコピー品質の改良、コピースピード改善など技術競争が進んだ。1990年代に入ると大きく4つの技術革新を迎える。第1は1997年から始まったデジタル化、第2はカラー化、第3はFAX,プリンター、スキャナーなどとの複合化、第4はインクジェット方式などによる、家庭用、個人用パソコン端末化である。特にデジタル化により拡大縮小ほか編集機能は大幅に拡大した。さらにiトロンOSの導入、ネットワーク化などの進展をみて21世紀を迎えた。環境問題との関連でトナーカートリッジのリユース、リサイクルの動きも忘れてはならない。
ジアゾなど湿式複写方式の歴史は除くと以上がPPC複写技術の概略である。

2わが国の技術知の特徴

そもそも複写機は読み取り部、感光、定着部、複雑なメカ部、電子回路部、紙、トナーなどからなるシステムで、当初コピー品質の変動が大きくまた紙という“生物“を扱うために紙詰まりなど故障が多かった。複写機事業がレンタル方式で始まったのも機械が高価であったこと、トナーとコピー用紙の継続的供給の必要性もあるが、常にメインテナンスを必要としたからであった。6、70年代にはサービスマンが真っ黒になりながら、感光ドラムをクリーニングしたり補修用7つ道具を広げて部品を交換する光景が良く見られたものである。
それでも複写機事業は“おいしい事業”で急速に発展してきた。
では日本の企業はこの市場にどのような技術知で進出したのであろうか?
第1は商品コンセプトの差別化である。当初米国のゼロックス社の機械は畳2畳分弱ほどの大きさがあり、官庁、大学、企業の図書館などに1台設置、そこでユーザ側の専門スタッフが大量に複写する集中処理型のものであった。そのほうがメーカサービスマンの人数も少なくてすむし、機械の稼働率もあがるので経営的にもメリットがあった。日本のメーカは小型化し、安価にしてオフィスの一部屋ごとにおいてもらう、さらには家庭用複写機まで想定した商品コンセプトを持っていた。いわば分散処理のコンセプトである。日本の合弁のFX社の話でも米国のX社は小型化には当初消極的であったとのことである。集中処理ビジネスモデルで利益があがるのになぜ分散方式のリスクに挑戦しなければならないかというスタンスであった。奇妙なことにこれと類似の話はVTRの歴史にもあった。世界で最初に放送用VTRを開発したのは米国のアンペックス社であった。結果として家庭用VTRの世界市場の95%を占有したのは日本のメーカであった。この点は国民性の違いかもしれないが今後技術史的に研究すると面白い分野である。
第2は第1の商品コンセプトを実現するための技術知である。大型・集中型と同じだけサービス、メインテナンスがかかっていては小型・分散化は不可能である。出来るだけメインテナンスフリー、または専門知識を必要としないメインテナンス技術を開発した。トナーのカートリッジ化、部品のモジュール化などである。前述のC社による1970年の国産初のPPC複写機の事業化にあたってはTG(トータルギャランテイ)方式という新しい保守サービスシステムを開発した。これは一切の消耗品、サービスパーツ、保守サービスを保証する代わりに複写使用枚数に比例した料金を徴収するシステムで、いわばサービス、メインテナンス業務のモジュール化であった。(C社の資料による。)
第3は木目の細かいノウハウの技術知である。そもそも日本はカメラ産業が盛んで画像処理に関しては伝統的に鋭い感覚とノウハウを有している。複写のコピー品質さらにはカラー化などの“色の道”にはカメラ技術・ノウハウの技術移転と更なる磨き上げがあった。複写機はデジタル化してハード・ソフト・ネットワークの3次元商品に進化をとげつつあるが、日本の技術知はそれらが別々に発展するのではなく技術・ノウハウというソフトがハードの中にとけ溶け込む点に特徴があるようである。IT業界にはソフトソフト(たとえばPCのアプリソフト)、ハードソフト(ハードを動かす制御用ソフト)、ソフトハード(前述のようなハードの中に溶け込んだソフト・ノウハウ)という言葉がある。これらのソフトの発展がこれからの国際競争の中での日本の技術知の優位性に関係して来よう。
 最後に「スマイルチャート」現象について言及する。この言葉は台湾のパソコンメーカーの社長がハーバード・ビジネス・レビューに論文を掲載し世界的に有名になった言葉である。X軸に部品、製品組み立て、流通、サービスをとりY軸にパソコンの純利益を取ると、部品で63%、組み立てで15%、流通で1%、サービスで21%とちょうど笑ったときの口の形になることからスマイルチャートと名づけた。有名になったのはパソコンだけでなくあらゆる機械製品がマイコン、LSI化により部品に付加価値がつき、それが小さい組み立ては中国ほか人件費の安いところで行わざるを得なくなり、生き残る道はサービスにあることを予測したからである。複写機においても、まだ精密機械ゆえ、組み立ての付加価値はパソコンより高いと思われるが大局的には複写トータルサービス事業の方向を志向するものと思われる。その中にはネットワークにより個々の複写機のトナー、コピー紙の残量検知、リモートメインテナンスと自律的修理など新しいサービス形態も含まれるであろう。
 STS−NJの春のシンポジュウム(3月22日)で上野直樹氏よりコピー機の性能は社会システムの性能であり、そのサービス・メインテナンスは社会の安定性を増すという含蓄のある発表を拝聴した。その内容に触発され以上複写機の技術知につき言及した次第である。




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