良識ある市民としての学生

平澤敏樹(信州大学人文学部哲学専攻4年)
toshiki@pb4.sonet.ne.jp




「食と農の未来と遺伝子組換え農作物」というテーマの下に集 まってくる学生はどんななのだろう。そんな好奇心を抱きなが ら、私は会議に臨んだ。かなりの変わり者も集まるだろうと期待 していたのだが、その期待は見事に裏切られることになった。 市民会議に応募する以前に、遺伝子組換え農作物をめぐる議論 を取り上げた資料をいくつか読んでいたので、そこで取り上げら れているような論争的な雰囲気を少し期待していた。正直に言え ば、過激な反対派や推進派というのを実際に見たことがなかった ので、この機会に会えるのではないかと期待したのだ。ところ が、会議が始まってみると、期待したような反対派はごくわずか で、熱烈な推進派もいなかった。みな、バランスのよい中立派と いった感じで、条件次第で反対にも賛成にもなるというスタンス を取っていた。

パネリストのほとんどが中立であることから想像できたことだ が、会議の方針はなかなか定まらなかった。中立であろうとする がゆえに、ある集団の利益を保護するような発言は避けなければ ならないし、また、特定の集団を攻撃するようなことがあっては ならない。例えば、ある企業が不当であるという発言を受ける と、その企業の従業員への配慮や、研究開発の先駆者としての報 酬はどうなるのかといった中立的な意見によって、過激な意見は 解体されてしまう。公正な態度で臨もうとすれば、行き過ぎは避 けなければならない。短い会議期間ではそれほど多くの選択肢は 考慮できないが、それでも、行き過ぎを避けながら会議の方向を 定めるのには、そろそろと進まなければならないので時間がか かった。さらに、どのような分類に従って問題を取り上げるかと いう点でも、なかなか合意を見なかった。中立であるがゆえに、 視点をどこに置けばよいのかという判断が困難になったためであ ろう。

さて、このような会議の進行を通して、私が抱いた感想のうち の二つをここで述べておこう。まず、市民会議での中立な意見を もっと生かせる道があるといいな、というもの。そして、少数意 見が反映されない市民会議というのは奇妙だな、というものだ。 もちろん、アカデミックな誠実さをもって、事実に基づく情報 提供や診断を目指しているなら中立でなければ困るし、中立であ ろうと努めることは評価されるべきだろう。しかし、市民会議と いうのはそのような場なのだろうか?と素朴に思ってしまった。 もっと明白に言えば、市民は中立であることを期待されているの か?という疑問を抱いたのだ。私が勝手に思っていたことなのか もしれないが、市民会議というのは、中立よりも、複数の市民の ニーズが色濃く反映されたもう少し取り留めのないものだという 思いがあったので、これはなかなか意外だった。学生ばかりが集 まった会議だというのが何かしら関係しているのだろうか?例え ば、学生は遺伝子組換え作物をめぐる議論においては強い利害関 係を持ちにくいといったことは言えそうだが、それがどの程度の 影響力を持つのかは分からない。それでも、例えば、実際に農業 に従事している人と、学生では同じ問題に対しても、与える回答 はかなり異なったものになるだろう。とはいえ、学生と一括りに された中にも農業に深く関わりを持っている人はいるだろうし、学生だからという理由で利害関係を持っていないと判断するのは 早計であろう。

中立な意見ばかりが集まると、単純に、意外性がなく新鮮味に かけるのではないかと思ってしまうのだが、そこで奇妙なサー ヴィス精神を発揮する必要はなかったとも思うので、これはこれ で良かったのだろうとも思う。それでも、中立な意見と言うのは 良く言った場合であって、悪く言えば当たり障りのないようなも のになってしまったという気持ちもないわけではない。政策とし て提案された側も、利害関係が明確になった方が、誰のどのよう な利益や損失に配慮ができたのかを把握しやすいのではないだろ うか。中立な意見による提案書は、誰に配慮したものなのかが分 かりにくくなるという点で、変化が把握しにくく面白みに欠けた ものになってしまうように思った。

中立な立場の人が、現在の利害関係を超えた理想像の提示や、 第三者から見た利害関係の引き出し役を担えるようになれば、そ の意見も生かせるようになるのではないだろうか。今後の展開に 期待したい。

また、一つ目の感想とも関係するが、私にとって意外だったの は、思ったよりも少数意見が反映されないということだ。会議の 参加者が少数であるがゆえに、誰が何を言っているのかが特定さ れやすいというのが障壁になったという意見もあったが、実際の ところは分からない。しかし、匿名でないと言えないくらい衝撃 的な意見であるならぜひ発表して欲しかった。もしそのような少 数意見が記載されていたとしたら、日本全国から集められた少数 の学生サンプルから驚くような意見が出てきたということで、さ らに学生を集めて潜在的なニーズを探らなければ、と主催者側に 思わせる誘引になったかもしれないので少々残念だ。少数意見に 耳を傾けることは、多くの人が当たり前だと考えていることに健 全な懐疑の目を向けるきっかけになるだろう。現在は少数意見で あるが、それが多数の人の支持を得た場合にはどのようなことが 起こるかを考えてみる必要はあるのではないだろうか。なお、会 議の最後に、少数意見を提案書に載せるかどうかを多数決で決め るという事態になったことは残念であった。(時間がなかったこ とや、記載の仕方などの都合上やむをえなかったのかもしれない が、少数意見を載せるかどうかを多数決で決めるというのを奇妙 だと感じるのはご理解いただけるだろう)

この他にもたくさんの驚きや喜びがあったが、それはまたの機 会にということで。良い点を挙げて素晴らしい会議だったという のは簡単だけれど、問題点を指摘して今後の役に立つようなこと をした方が、フォローアップもある良い会議だったと言ってもら えるかな、と。もちろん、感想には書かれていないけれど、素晴 らしい会議でした。会議に関わった方々、ありがとうございまし た。




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