夏の学校2002「理工系大学教育の現在」報告
重松真由美(夏の学校2002実行委員長,東京工業大学大学院)




2002年8月16日(金)〜18日(土)
於:南房総・岩井海岸民宿「庄兵衛」

16日

17日

18日

今年の夏の学校は、南房総・岩井海岸を舞台に8月16日(金)から18日(日)の2泊3日の日程で開催された。当初は8月上旬に行う予定だったがSTS関係のイベントが重なったため調整を行い8月お盆明けの開催となった。「理工系大学教育の現在」というテーマ設定とお盆明けというスケジュール設定をした実行委員として、どれだけの参加となるのか一番心配だった。最終的には40名が参加し内容も議論も充実したSTSNJならではの夏の学校を行うことができたと思う。台風が接近中であったにもかかわらず、休憩時間には会場から徒歩2分の岩井海岸に繰り出して残夏を楽しむ参加者も多く、夏の思い出づくりにも一役買ってしまったようである。

前置きはこのくらいにして、簡単に今回の夏の学校について報告したい。当日の発表内容は発表要旨が掲載されるので詳しくはそちらを参照していただいたい。


報告に入る前に今回のテーマに「理工系大学教育の現在」を選んだ理由について述べておきたいと思う。独立行政法人化をはらんで、大学をめぐる状況は一段と変化しており、まさに生き残りをかけて、全国の大学で様々な改革・再編が急速に行われている。特に理工系では、日本技術者教育認定機構(JABEE)発足と技術者教育認定制度の導入、及び国際的に通用する技術者資格の整備という改革の流れがあり、これまでの理工系大学教育のあり方を根本から変える改革が進められている。STSNJの会員にもこの改革に関係している方が大勢いることと思う。STSNJでは1999年11月にシンポジウム「工学教育改革とSTSの可能性」を開催し、工学教育改革の現状からSTSとして何ができるのか議論を行っている(詳細はYearbook2000およびニューズレターvol.10 vol.3を参照)。今年の4月にはJABEEによる認定プログラムが発表され、理工系大学改革はより具体的に進んできたといえるだろう。そこで改めて全国で行われている理工系大学教育改革の現状報告を持ち寄り、現在の理工系大学改革の現状分析や今後の改革の動向、技術者倫理のあり方、そしてSTSとして何ができるのかについて討論する場を設けていこうと今年の夏の学校を企画したのである。


8月16日(金)、1日目。事務局による「入門編」と自由発表が1件行われた。

入門編では1999年11月に行ったシンポジウム「工学教育改革とSTSの可能性」の内容を振り返り、日本のコンテクストの中で進んでいる理工系の教育改革について90年代のカリキュラム再編、技術倫理の導入やJABEEの動きについて事務局のメンバーがまとめて発表した。「入門編」は近年学部生の参加が増えたこと、今回のテーマになじみのない参加者を想定し、前提となる話題を提供することで、2日目以降の発表・討論にスムーズに参加できることを目的に事務局が企画したものであった。浅見さん、三村さん、野澤さんの3人の話題提供のあと、討論へと移った。ここでの討論は、2日目の発表者の内容に還元されているので報告は省略するが、今進められている改革は日本の文脈だけでなく外圧によって進められていること、JABEEの動きに私大や地方国立大のほうが反応が早いなど参加者から意見がよせられた。参加者の顔ぶれからすれば、当初の想定した「入門編」とはいかなかったが、2日目の議論への橋渡しとすることができたのではないだろうか。

つづいて夜には、岡田さんから戦後直後に着手された東京工業大学の大学改革である「和田改革」について発表が行われた。「和田改革」は自主的で、実施のスピードも早く、早期から教養教育が導入されていたため「新制大学のルーツ」として教育史、大学史の分野では注目されている。岡田さんは和田改革の特徴として学科や講座制の廃止、一般教養を重視したカリキュラム(一般にくさび形と呼ばれる)、刷新委員会と和田小六のリーダーシップなどを挙げていた。くさび形カリキュラムには大学院教育を想定した結果ではないかと見解が示されたが、当時の刷新委員会で学部教育の何に重点が置かれていたのかという問いは重要なものではないかと思った。

質疑応答では、主に和田改革の理念の共有、大学院の位置づけ、和田改革の評価(改革は成功したのか)をめぐって議論が進められた。現在の改革にも関連する議論が目立ち、議論を通じて「現在」の理工系大学教育改革を分析するための視座をいくつか与えられたように思えた。


8月17日(土)。2日目は今回の夏の学校のテーマである「理工系大学教育の現在」に関連し、8名の発表と総合討論が行われた。

第一セクションでは、札野さん、調さん、蔵田さんの3人の発表と討論が行われた。札野さんからJABEEや技術者倫理教育の現状について話していただき、調さんから東工大の大学改革の試み、蔵田さんから工学倫理教育の試みについて報告いただいた。

札野さんは新しい技術者像と工学教育改革についてと技術者倫理教育の可能性について発表し、最後に技術者倫理教育とSTSの関係について見解を述べた。現在の工学教育改革の背景には激変する世界に対応する新しいタイプの技術者像が必要とされており、アメリカではABETがEngineering Criteria 2000にて新しいタイプの技術者像を提示している。従って工学教育から技術者教育へのパラダイムシフトがおこっているという。WTOやワシントンアコード、APECエンジニアなどの国外の動向を受け、1999年にJABEEが発足し、各大学でJABEE対応のためのプログラムづくりが行われているのが日本の動向である。JABEEでは認定基準や学習・教育目標を定めている訳だが、改革の目玉となるのが創成科目(Engineering Design)や技術倫理(Engineering Ethics)である。

札野さんは倫理について、様々な価値のバランスをとりながら判断していくことだと述べる。技術倫理教育のめざすものは、価値観の押しつけや規範の押しつけ、善を悪に変えるものではなく、様々な価値のバランスをとりながら、技術に関連する問題を発見・解決する総合的な問題解決能力を育成することにある。技術者倫理教育の方法については、工学専門教員によるケーススタディーを重視したプログラムを提案する。そしてコンセプトとして Ethics across the curriculum を掲げ、科目横断的な教育を目指している。現在イリノイ工科大学のモデルを参考にして教官向けのワークショップを開発中とのことだそうだ。最後にまとめとして技術倫理はtransdisciplinaryでメタからマクロの各レベルで対象が設定されるので、今の状況はSTSにとってチャンスであると言い、STS across the curriculum の可能性とSTS関係者の工学系学協会への積極的な関与を提言して発表を締めくくった。質疑応答では技術倫理の受け手(学生)側の評価の具体的な方法についての質問がなされた。

次に、調さんから東京工業大学で進められている工学教育改革の現状についての発表が続いた。調さんが業務として行っている東工大の教育研究改革の紹介が主な内容であった。八大学工学部長会(旧帝大+東工大+α)などから始まったとされる今回の理工系大学教育改革だが、そこで技術者教育プログラムの必要性が提示され、input中心からoutcomes中心の評価と体系を移し、デザインを主体とする工学教育の試みが行われているのが現在の改革となる。東工大では、激変する状況の中で生き残れる人材を育成するために大学競争力の評価、FD(faculty Development)、科学技術者倫理教育の実施、卒業生アンケート、講義評価、卒研生アンケート、創成科目、JABEEへの対応などの活動が行われているそうだ。これらはどこの大学でも取り組まれている「普通」の活動であるが、東工大にはこの改革を体系的に進めていく雰囲気がなくなかなか進められていないというのが現状だそうだ。JABEE対応にしても積極的な学科・専攻とそうでないところがあり、対応の差には各工学分野の社会との距離が反映しているのではないかという考察があった。今では当たり前だというこれらの改革は5年前ではどう考えられていたのだろうか、ここ数年で改革に対する意識は大きく変化しているのだろう。一方で一連の改革を進める現場の困難性も明らかになったのではないだろうか。

3番目となる蔵田さんの発表は、北海道大学の1年生科目「工学倫理入門」の講義を行った経験をもとに、工学倫理教育はどうあるべきかについて検討したものであった。「工学倫理入門」の講義内容は、ケーススタディーを主体としたもので受講生(ほとんどが工学部生)の反応はよかったとのことであった。講義をふりかえって、STS的な分析が不十分であったこと、日本の事例が少ないことが難点であることが挙げられていた。現在の工学倫理の問題点として、政策論的立法論的な議論となりにくいこと、個人の倫理的努力によってシステムを変えていくことに力点が置かれていることを指摘している。蔵田さんは工学倫理へのSTS側からの批判もあり、STSと倫理は一緒に教えることは難しいのではないかという意見を述べていた。質疑応答では、倫理教育によって、正解がある問題として教えられることになるのではないか危惧や工学倫理と企業倫理の曖昧さについて議論となった。

蔵田さんの発表のあと、午前中のセッションをまとめる形での討論が行われた。討論はSTSと技術者倫理・工学教育改革の関係で何が考えられるのかというテーマで進められた。倫理とSTSの共存について議論では、STSの対象(システム)と倫理の対象(個人)の違いを指摘する蔵田さんと、技術倫理の対象はメタからマクロの各レベルに存在でSTSと技術者倫理の親和性が高いとする札野さんらの見解の違いが明らかになった。両方の提起を統合して(技術者倫理を)提起できないのだろうかという意見も出された。次に議論となったのは、日本における工学倫理の事例収集についてであった。日本の事例が少ないことが指摘されたが、その事例を誰が収集するかという議論が展開された。収集を行うべきは、工学者、「応用」科学史家、技術史家などさまざまな意見が出たにとどまったが、工学系の研究者とのコラボレートが必要とする意見も出された。

食事・休憩時間をはさみ、第2セクションでは小川さん、川崎さん、三宅さん、林さん、柿原さんの順で5名の発表が行われた。

小川さんは、STSで工学教育が議論されているのに対して理学教育が問題にされていないことへの疑問を提示し、人材育成の視点から理工系教育を眺める発表を行った。小川さんは理工系人材育成における問題点を「無策すぎる」と斬っている。それは現在の大学/大学院教育が4%の人のための研究者育成教育となっており残り95%の学生の教育が放任されている現状を指していた。そういった無策への対策として、(1)学生の成長過程への介入、(2)学生のニーズの把握、(3)学部・教官側の意図の明確化、(4)固定観念にとらわれない、(5)社会ニーズ という5つの可能性を提示した。また、理工系教育で育成する人材像は多様化していることを指摘し、その状況に対応した教育プログラムの例として立命館大学やSloan財団が行っているプログラムが紹介された。小川さんは発表を通じて95%問題と理工系大学院教育プログラムの体系的な再構築の必要性を訴えていた。質疑応答では全人教育に介入しない方がいいのではという意見が出た。小川さんがこのようなプログラムを提唱する背景には、現行の教育プログラムでは学生が対応できなくなっている現状が特に地方大学で問題となっていることにあるようである。また、同じ理系でも理工農系と医歯薬系では進路としての専門家の考え方が異なることも指摘された。

次に、川崎さんから医学教育改革についての発表が続いた。現在の海外及び日本の改革の状況と山口大学医学部で行われた教育改革の紹介が発表の主な内容であった。ここ20年の国際的な動向として、エジンバラ宣言(1988)や医療内容の変化を受け、欧米圏の医学教育では1年次から基礎系・臨床系の両方を取り入れながら積み上げていくスパイラル形式のカリキュラムが実施されていることが紹介された。日本での医学教育改革の中心となるのは、普遍的な医学的知識・技術・態度を身につけることを目的に作成されたモデル・コア・カリキュラムである。コア・カリキュラムに従い臨床実習前の学生に、臨床実習に必要な知識や臨床能力を評価するためにCBT(Computer Based Testing)とOSCE(Objective Structured Clinical Examination)の2つの共用試験がかせられることとなった。現在進められている医学教育改革は、卒前教育ではこの共用試験の導入が大きな変化となる。

山口大学医学部では、医学部のFD活動としてカリキュラムプランニング、テュートリアルプランニングが学生の意見も取り入れながら行われているとのことであった。Webページにはあらゆる情報を公開した電子シラバスがあり、必要な情報に誰でもアクセスすることができる。評価としてオンラインで行う自己評価制度が作られているが、評価をどう行っていくのかが今後の課題であると述べた。これらの改革は、大学の教官に対しては教育の管理、学生には学習権の保証という役割がある。川崎さんはきちんと教育の責任を果たすために大学教官に対しての管理を強めるべきだと意見を述べた。

休憩をはさんで、三宅さんの発表では企業で社内教育を行った経験に基づき、企業における技術教育の実状の紹介と、技術倫理や工学教育への要望が述べられた。大企業における技術者教育は昔からほとんど変わっておらず、仕事の進め方を覚えながら行動規範を身につけるスタイルをとられている。よって現場では技術者の倫理は規則(やってはいけないこと)として扱われる可能性が高いことが指摘された。最後に、企業の現場から工学教育に対して(1)技術者のキャリアパス、(2)現場における技術者の余裕のなさを考慮することを要望として訴えた。特に大学院卒の産業技術者の寿命はせいぜい10年(35歳)までであり、定年までのライフサイクルを学生時代に示す必要があるとしている。また、三宅さんは技術者の倫理と同時に消費者(お客様)の倫理も必要ではないかと提案し、技術倫理は技術者だけでなく管理者、大学、市民も共有して考えるべき問題であると締めくくった。

林さんは、「工学部の学生は何を学ぶ(べき)か?」と題して、工学院大学で行われている教育実践報告とその考察について発表された。工学院大学では全学的にJABEE対応を念頭に置いた教育改革が進行中であり、実際に工学院大学で行われている具体的な例をおりまぜながら、その教育改革の内容をカリキュラム編成(教育内容)、方法改善、説明責任の明確化の3点にわけて説明があった、そこから林さんは、JABEE認定によって逆に大学の独自性や個性を発揮できないのではないか、工学系大学教育の目的は産業界や学会の要請に応えることでいいのかなどの問題点を出している。また発表のまとめでは、JABEEに対応することは技術者を養成する機関になることを宣言することになるが、大学教育とプログラム修了の関係は不明確で現実は追いついていないのではないかと述べた。その理由として大学卒業後の進路の多様化、4年制教育の限界、リフレッシュ教育が挙げられた。質疑応答では工学院大学での技術者倫理への対応について質問が出された。

柿原さんの発表は、現在の理工系大学教育改革全般についてSTSを軸にした幅広い問題提起を行ったものであった。大学と理工系教育から考える問題点として大学の種別化・差別化、評価をめぐっては審査のあり方や審査・評価の蓄積のなさを挙げた。また、STSが1960年代末から70年代の英米での理工系大学教育改革を背景に誕生していることを踏まえ、STSと理工系大学教育の問題は密接に絡んでいることを指摘した。技術倫理の導入については、プロフェッションとしての技術者がキャッチフレーズとされておりプロフェッションを形成するプロセスを作る観点がないこと、倫理教育が個人の問題として焦点化していることへの批判を述べた。最後に、現在の理工系大学教育改革が制度化している過程でSTSがどんな問題に直面しているのかSTSの制度化自体の意義と一緒に議論していきたいと発表を締めくくった。

ここで夕食の時間となり、議論の続きは夜の総合討論へと持ち越された。


夜の部は、廣野さんによるコメントと総合討論となった。

廣野さんのコメントは、東大の現場からとらえる理工系大学改革の現状の報告とSTSの役割についての提起であった。まず、東大のJABEEへの反応は鈍く、旧帝大+東工大のJABEEへの反応は鈍く逆に地方国公立大や私大は積極的であるという傾向が確認された。廣野さんは社会の中の科学技術という視点から、大学改革は国際競争力とノーベル賞を増やす目的のもと、大学の種別化(東大の場合は研究大学)が起こり、予算配分は外部評価と内部評価(COEや中期目標の達成など)によって決められるということが見えてくると分析した。しかし今回の夏の学校ではごく一部の事例しか見ていないので理系全般の動向を幅広く見ての分析する必要があると述べた。また、JABEEを通じて工学倫理が提起されることにより科学者・技術者に内在化された価値観が広がることは喜ばしいことであるが、JABEE進めることには問題がはらんでいると述べた。日本ではSTSをやることにはならならず、工学倫理が突出したものになっているため、STSにからんだ問題提起と事例研究を進めて行く必要があると述べた。

総合討論での論点を2つ紹介したい。一つは、工学教育と医学教育の違いと倫理教育である。医学部の学生が「医者になる」という目的のもと入学してくるのに対し、工学部の学生は将来技術者になるとは限らないという大きな違いがある。よって、臨床倫理と工学倫理は、どちらも仕事(医者・技術者)をしている時を目標としているところに共通点があるが、臨床では当事者が医者と患者と明確でロールプレーが比較的可能であるといえるが、工学倫理では事例が複雑でかつ当事者が不明確でアクターやファクターがわかりにくいという違いが指摘された。よって教育現場で教えられる倫理は実社会で起こるものとは異なるため、教育時に評価することは難しいのではという批判もあった。もう一つは、受け手である学生から考える理工系大学教育改革である。学生には何がおきているのか分からないという問いかけから一連の改革への学生の関わり方について議論となった。山口大学医学部の例やJABEEでは、プログラムについての学生の周知度が評価の対象となっているというように、学生が改革の一端を担う一方で、学生がお客さん扱いされることへの不満も出された。

他に、大学の種別化がもたらす変化や、学部と企業のつながり、JABEE監視機関の提案、評価の問題についても議論となった。一段落した所で、討論の場はいつものことながら酒の席へと流れていった。


8月18日(日)。3日目は、加藤さんと中村さんによるの2本の自由発表が行われた。

加藤さんは専門家と非専門家の境界設定に関する問題について発表を行った。プロフェッションの社会学について、医療社会学を中心にHughes、Persons、Freidsonの3人の論文にみられる専門家の議論が紹介された。制度化は専門家に対する不信の表現である(Persons)と科学者と専門家はそれぞれ仕事がもたらす問題が異なる(Freidson)といった点はSTSにおける議論でも指摘されているものであると思った。加藤さんは、専門家と非専門家に関する問題は、両者の知識勾配だけでなく専門家の組織的・制度的問題によってももたらされるため、倫理や道徳の問題も組織的・制度的な問題として受容であると述べた。専門家と非専門家の接する機会が増えるなか、専門家のシステムについてよりいっそうの考察が必要となっていくのだろう。

最後は、中村さんによるバリアフリーやユニバーサル・デザインに関する発表となった。この発表は秋に開催するシンポジウムへ向けた準備もかねたものであった。高齢化社会の到来し、最近「バリアフリー」から「ユニバーサル・デザイン」へと考え方の変化が見られるという。たとえば、車いす利用者がバスに乗れるようにするための公共バスのデザインは、車いす用のリフトを作るということからノンステップバスにするというように設計思想が変化しているという。このユニバーサル・デザインについて中村さんは3つのSTS的視点を提示した。1つ目はどうしたら望ましいバリアフリー技術の開発は可能となるのかについて、2つ目はテクノロジー依拠による依存と期待の二面性についてである。3つ目にユニバーサル・デザインに含まれるSTS的含意についてであるが、ロン・メイスらによる7つの原則には、ノーマンのデザイン論やアフォーダンス、安全学や技術の民主化などからアプローチできる。加えてユニバーサル・デザインを福祉の問題だけでなく技術者倫理の問題として提示することが可能ではないかと述べた。バリアフリーテクノロジーやユニバーサル・デザインに対するSTSの貢献可能性やSTSモデルについては、秋に行われるシンポジウムで討論されることになるであろう。シンポジウムでの議論に期待したい。  中村さんの発表のあと、3日間の議論をふりかえって参加者に感想を述べてもらい、夏の学校は幕を閉じた。


以上が夏の学校2002の報告である。最後に夏の学校をふりかえって感想を述べたいと思う。

今回の議論の特徴は、現在進行形の生々しい報告であり討論であったことだろうか。状況を持ち寄ることによって現在の改革の現状については全体として何がおきているのか議論し、共有化することができたと思う。東大、東工大、北大、金沢工大、工学院大そして山口大(医)の事例が報告され、改革が旧帝大+東工大では鈍く地方や私大では熱心に取り組まれていることが浮き彫りになった。JABEEが発足し新しい技術者像の提示されたことによって、工学系大学の教育と技術者養成の矛盾がいっそう明らかになってきたようである。理工系大学のあり方が大きく問われていることも発表と議論を通じて実感できた。大学は工学を修める場なのか技術者を養成する場なのかそれともそれ以外なのか、多くの方が指摘していたように科学技術者の多様化に対応する中で大学の種別化のもとに再編されていこうとしているのが今の改革なのだろうか。理工系の大学教育改革の鍵となるJABEEについてこれまでの大学改革の流れをもとにもう一度とらえ返してみたいと思った。  技術者倫理については、STSが必要不可欠だという意見と、STSと倫理は共存できないのではという意見があった。また、用語の不一致も目立っていたし、「工学倫理はどうあるべきか」と「工学倫理教育はどうあるべきか」の区別をつけずに議論がおこなわれていた節もあった。今導入されつつある技術者倫理教育の問題点も多く指摘された。技術者倫理に関する議論はまだまだ発展途上にあるのだろう。企業における技術者教育や消費者の倫理、また受け手である大学生が考える技術者倫理についても今後議論していければよいのではと思う。

残念であったのは、2日目の総合討論に参加できない発表者がいたことと、発言が発表者に偏ってしまったことであった。理工系大学教育改革や技術倫理について受け手である学生の立場からの分析がないことへの指摘はあったが、学生からの意見はほとんど出なかった。今回の参加者の半数が学生もしくは大学院生であったにもかかわらず発言が少なかったのは、改革の現状を把握することで精一杯であったからかもしれない。

夏の学校の議論は、現在もしくはこれからの理工系大学教育改革や技術者倫理・技術者倫理教育のあり方に対して、実に様々なSTSへの問いとSTSから問いを与えることができたのではないだろうか。同時にSTSは何かしら貢献ができそうだがSTSから/としての現状分析はまだまだこれからであるということがこの夏の学校の宿題となった。今回の討論が今後の「理工系大学教育の現在」に関連する議論の土台となっていくことを期待したい。

夏の学校後に行ったアンケートには夏の学校のテーマに対する意見や全般的な感想を書いていただいた。「海と温泉」の岩井海岸はよかったという感想が多く寄せられた(夜中にはしゃぎすぎて近くの住民に注意されたとのことであるが…)。しかし、開催時期や発表スケジュールなどでいくつかの反省点を指摘された。これらの意見を今後の運営に活かしていきたいと思う。また、昔に比べて…という感想もあったが、STSNJならではといえる夏の学校を今後も開催していけたらと思う。


最後に、ご多忙中の夏の学校に参加いただいた参加者のみなさまにお礼申し上げます。また、お忙しい中発表・コメントを快く引き受けていただいた発表者のみなさま、また副実行委員長の三村さんや柿原さんをはじめとした事務局の方々など多くの人に支えられて夏の学校を無事開催できましたことに心から感謝いたします。本当にありがとうございました。また来年、夏の学校でお会いできることを楽しみにしています。




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