『「社会技術」って何するところ?』

三宅 苞(社会技術研究システム)




以下は、「社会技術研究システム」で働くSTS研究者(内野君)と、そうでないSTS研究者(外野君)による架空の対話である。

「社会技術」は、社会のための技術
(外野)やあ、久しぶりだね。君は今、「社会技術」という所で働いているんだね。一体、どういうことをやっているんだ。先日のSTS学会でも、何件か「社会技術」についての発表があったけれど、君の発表も含めて、もう一つよく分からなかった。
(内野)自らを語るのはなかなか難しいものだと実感したよ。それはともかく、「社会技術」とは、「社会のための技術」、「社会に役立つ技術」のことだ。小林傳司さんたちが『公共のための科学技術』という本を最近出されたが、意図するところは同じだ。ただし、ここで扱うのは、科学技術論ではなく、実体としての技術のほうだ。もう少し詳しく言うと、「社会問題と解決するための技術」、これを研究する所だ。
(外野)一体、どんな社会問題を採り上げるんだい。今の世は、いや今の世もというべきだろうが、テロ、失業、災害、環境汚染、高齢化、少子化、不良債権、まさに社会問題だらけだ。一体どんな問題に対して、どんな技術で解決しようというんだ。
(内野)ここでいう「技術」とは、ハードな技術ではなく、技術的知識なんだ。というと、まずは工学的知識を思い浮かべるが、それだけでなく、人文・社会学系の知識も含めての知識だ。文理融合で、社会問題に知識的な解答を出そうということだ。どういう社会問題を扱うかについては設立書には「我が国社会が抱えるさまざまな問題」とあるだけで、特に限定していない。
(外野)フーン(とやや失望の色)。まさかオーウェル流のソシオ・テクノロジーを目指すなどとは思っていなかったが、あまり具体的なものでもなさそうだね。

設立の経緯
(内野)君の疑問はよく分かるよ。少し、設立の経緯を説明しよう。僕も詳しいことは知らないが、もともとの発想は科学技術庁だ。原子力、宇宙開発といった同庁がこれまで手がけてきた大型技術とは違った技術、社会の安心・安全のためのハードを含めてのシステム的な技術、それを開発していこうというのが発端だったようだ。これを「社会技術」と呼ぶのは君も賛成だろう。それが、その後、具体化の段階で、文部科学省、日本学術会議など、様々な立場の人が関係してきて、少しずつ目的や技術の定義も変わってきて、このようになったのだ。我々の言葉でいえば、まさに社会構成的なのだ。確かに名は実体を表してはいないが、少し違和感のある看板の方が人目も惹くし、「社会技術」でいいではないか。

「政策科学」、あるいは「社会工学」
(外野)社会的問題に対する文理融合的なアプローチか。とすると、「政策科学」や「社会工学」といったディシプリンと似ているんじゃないのか。
(内野)君の言うとおりだ。「社会問題の解決」、「学際的研究」は、これらの分野でも標榜しているからね。これらと「社会技術」が、どこでどう違うのかについては、僕も少し勉強して正確なことを話したい。さしあたっては、我々のものは、学問ではなくって、開発なんだ、といっておこう。もちろん、充分な解答ではないがね。

組織
(外野)うん、まあいいだろう。で、組織はどうなっているんだ。新しい研究所なのかい。
(内野)このご時世で、そう簡単に恒久的な研究所ができるものでもない。5年という期限付きの文部科学省下の研究プロジェクトだ。ただし場合によっては延長可能だけれど。予算や運営は、文科省の特殊法人である日本原子力研究所と科学技術振興事業団(JST)が引き受けてくれた。ただし来年度からは、JSTに一本化される。そのほうがすっきりするね。JSTに、「創造研究」とか「さきがけ」とか呼ばれたいくつかの研究支援活動があるが、「社会技術」も新しい活動として、そこに仲間入りすることになる。

研究活動
(外野)どういうふうに研究活動を行うのだ。
(内野)活動のやり方は二つあって、一つは「ミッション・プログラム」と呼ばれて、設定されたテーマ設定を関係機関に委託研究するもので、活動期間は5年の予定だ。今は一つだけだが、次のミッションの立ち上げも検討されているようだ。もう一つは「公募型プログラム」と呼ばれるもので、大まかな領域が設定され、それぞれの領域で、毎年、研究テーマが何件か公募される。採用されれば、毎年2000万円の研究資金が3カ年支給される。予算で言えば、平成14年度で、ミッションが10億円、公募が2億円、その他、事務・運営費も含めて総額15億円だ。事務所は「愛宕グリーン・ヒルズ」の中にあって、ここには研究員が20名ほど常勤している。僕もその一人だ。

社会技術研究フォーラム
(外野)では君もそのどちらかに属しているのかい。 (内野)いや、この他に「社会技術研究フォーラム」というのがあって、そこに属している。ここは「社会技術」とは何か、何をなすべきかについて毎年2回、フォーラムを開いて、継続的に討議するところだ。他に、ワークショップ、講演会なども開く。この中にシステム研究センターというのがあって、小林信一さんがセンター長でその下に3人の常駐研究員がいて、僕はその一人だ。「社会技術」の勉強をやりつつ、会議の企画、交渉、後始末、これが毎日の業務だ。

ミッション・プログラム
(外野)で、今はどんな研究がなされているのだ。 (内野)ミッション型のテーマは「安全性に関わる社会問題解決のための知識体系の構築」というものだ。プラント災害、交通事故、地震、風水害などのさまざまなリスクがあるが、情報伝達方法の開発や、法システムの整備によって、これらのリスクに対処しようというものだ。東大の前の工学部長の小宮山先生が「知の構造化」を前から提唱されていたが、その一つの具体化といっていい。IT技術のふんだんに応用される。他に社会心理学や失敗学の研究も関連的に研究なされている。
(外野)フーン、どうもピンとこないな(と思案顔)。科学論では、そもそも知が構造化できるか、といたことが問題になるよね。
(内野)うん、今のミッションは、STS的ではないね。もっと明るく、前向きで、実行的だよ。もちろん、いい、悪いは別にして。リスクはホットなテーマで、あちこちで研究はずいぶんやられているが、これだけ多角的、横断的に集まってやっているところは他にないと思う。

公募型プログラム
(外野)では、公募型プログラムはどうなんだい。
(内野)「社会システム/社会技術論」、「循環型社会」、「脳科学と教育」の3領域が今設定されている。平成13年度には、計10件の公募がそれぞれ採用された。STS関係でいえば、竹内先生の「地球温暖化」、藤垣さんの「公共技術」、若松さんの「コンセンサス会議」が、「社会システム」の領域で採択されている。この領域統括も村上先生だし、STSからいうとここが最も近いかな。平成14年度にも新しい公募がなされたはずだ。
(外野)他の領域で、「循環型社会」というのは分かるとして、なぜ「脳科学」なんだい。
(内野)脳科学は、もちろん、大森先生の「無能論」でなく、養老先生の「唯脳論」からの脳に対するアプローチだ。ここでは、脳神経回路網の発達を少子・高齢化という社会問題とつなげようとしている。すぐの社会問題の解決ではないので、僕もはじめは何だろうと思ったが、これも検討の過程でここに入ってきたようだ。

「社会技術」の今後
(外野)それで、うまくいっているのかい。 (内野)むつかしい質問だね。ミッション、公募、それに我々のフォーラムも含めて、設定目標に向かって、それぞれ頑張っているというところかな。月並みな表現だが、それが僕の正直な感想だ。ただしそれでは、せっかくの文理融合の精神が活かされない。もっと相互交流や、さらには相互批判もやらなければ、と思っている、それが今後の課題だ。
(外野)最後に一つ、研究の成果はどのように評価され、あるいは実行されるのだ。
(内野)うん、それも重要な問題だ。設立書には「技術を構築し、もって社会における新たなシステムの創造に資する」とあって、具体的にどうせよとは言っていない。しかし、具体化に向かっての次のアクションも、場合によって必要だろう。でももっと大切なことは、できるだけ多くの人に、分かりやすく、我々の研究成果を説明し、社会の側からの理解や批判を得ることだと思う。そういった形で技術をつくっていくことが、この「社会技術」の特徴の一つだし、STSでも共有される問題意識のはずだ。実は、第4回のフォーラムをこの3月12,13日に虎ノ門パストラルで開く。第一日目は、各研究の進捗報告、二日目には、そのまとめと、シンポジウム「リスク論は社会に根づくか」を行う。STSの人も含めて、多くの人に我々の研究を知ってもらいたいし、また意見、批判も聞きたいんだ。ぜひ君も参加してほしい。
(外野)ありがとう。なかなか難しいところもあるが、やりがいのある仕事のようだ。ぜひ頑張ってくれたまえ。





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