国際シンポジウム

「科学技術倫理プログラムの構築」報告

加藤源太郎(神戸大学)




 平成13年12月20日、21日の両日、金沢工業大学ライブラリーセンター酒井メモリアルホールで開催された第1回「科学技術倫理プログラムの構築」国際シンポジウムについて報告します。「高等教育における科学技術倫理教育の現状と展望」と題された今回のシンポジウムは、第一日に6名の講演、第二日に質疑応答という形式で行われました。ここでは、報告者が参加した第一日の講演の概要を紹介し、その上で総括的にコメントをしたいと思います。

 最初の講演は、ケース・ウエスターン・リザーブ(Case Western Reserve)大学のウイットベック(Caroline Whitbeck)氏による「科学技術教育のためのオンラインリソース("Online Resource for Ethics Education in Engineering and Science")」と題された講演で、現在同大学に置かれているオンライン科学技術倫理センター(OEC, http://onlineethics.org)の概要についての紹介が主題であった。ウイットベック氏は、「科学技術に関する文献、ケーススタディー、参考文献、ディスカッショングループを容易にアクセスできる形で提供できること」をOECの使命として提示した。実際、同ウェブサイトからは、エンジニアや科学者が大学および研究機関において直面するであろう倫理的な問題についての、多くの事例を閲覧することができる。
 第二番目は京都大学文学部の水谷雅彦氏による「情報社会における倫理と技術―序論("Ethics and Technology in the Information Society: An Introduction")」であった。応用倫理における新しい領域としての情報倫理は、技術の進歩と近代社会における人々の生活の間に生じる、前例のない多様なコンフリクトの解決に向けられており、講演は、情報倫理における問題の素描と哲学的な問題解決の必要性を提示するものであった。インターネットにおけるプライバシーや「有害コンテンツ」といった特有の問題に言及した上で、バイオエシックスや環境倫理といった領域ではすでに指摘されているような、科学技術に対する楽観的な視点が倫理的問題の根本にあるにもかかわらず、情報やコンピューターに関する議論には依然として「重要だ」「便利だ」といった視点から抜け出していないことを指摘した。
 第三番目はローズ・ハルマン工科大学(Rose-Hulman Institute of Technology)のクラーク(Scott Clark)氏による「日米の技術倫理―垂直、平行、斜交("Japan-U.S. Engineering Ethics: Perpendicular, Parallel, Oblique?")」であった。文化人類学者で比較文化研究などをしてきた同氏の講演は、日本のエンジニアや日本の技術者教育に言及することで、日米間の倫理システムの異同を浮き彫りにしようという試みのもと、流暢な日本語で行われた。氏は、合衆国のシステムでは、エンジニアが特定の倫理的決定を遵守するために関係を切断する権利や権威、責任を与えられている一方で、日本のシステムでは倫理的行為の基盤が関係の中に見出されることを指摘する。そして、単一のグローバルな技術倫理だけでなく、支配的なものでさえも、グローバルな文脈においては機能し得ないとした上で、結果的に技術倫理教育が変容するであろうことを示唆した。
 第四番目は横浜国立大学の柴山知也氏による「エンジニアに対する倫理教育―日本土木学会の試み("Ethics Education for Engineers: A Trial of the Japan Society of Civil Engineering")」であった。2000年に日本土木学会の倫理規定が改正され、土木工学における倫理教育が始まったことを受けて、近年の日本土木工学会による倫理教育の試みについての報告が主題であった。現代の日本におけるエンジニアの状況を考慮して、理想的なものではなく実践的な新しい倫理規定が必要であったことが倫理規定改正の背景の一つであることを指摘し、さらにアメリカ型の倫理教育モデルではなく、日本型の教育を準備することの必要性を提示した。
 第五番目はローズ・ハルマン工科大学のルーゲンビール(Heinz C. Leugenbiehl)氏による「クロスカルチャーの見地から見る技術倫理("Engineering Ethics from a Cross-Cultural Perspective")」であった。グローバル化する技術社会においても、技術倫理の内容は明らかに国によるバイアスがあり、「技術倫理」という概念自体がさまざまに解釈されるものであるという現状を指摘した。その上で、同氏はエンジニア教育において、文化的な要素を付加的なものではなく、かつ新しいグローバルな解釈のもとに教育されるべきであるという視点を提示した。そして、全人類の安全保護の第一優先や、グローバルな環境保全だけでなく、グローバルな要請にぶつからない限り地域的な要請を進んで加えることや、異文化間の技術実践が持つ危険性の認識などを含む技術倫理のグローバルな理解に関する綱領をまとめた。
 最後はイリノイ工科大学のデイビス(Michael Davis)氏による「マイクロ・インサーション―倫理学を科学技術教育に取り入れる方法("Micro-Insertion: A Way to Integrate Ethics into Engineering and Science Education")」であった。既存のコースを大幅に変革することなしに、理工系の教育プログラムに倫理学を融合させる手法を示すことが主題であった。(道徳的に許される)ある特別な規範という意味での「倫理」を教えるにあたり、同氏は、エンジニアがしばしば直面する実践的な問題を例題として組み込むことを提案した。それはつまり、いくつかの公式で解を得るような問題に加えて、作業経費や環境負荷を対比させて、時流に便乗すべきかどうかの判断などを演習させるというものであった。また、そうした教育を通じて技術倫理のエキスパートが必要であることも主張した。
 今回のシンポジウムでは、複合的な研究領域としての技術倫理という面が強調されていた。講演者もさまざまな研究領域を専門としており、その点では大変興味深かった。技術倫理が複合的な領域に波及する問題である以上、こうしたアプローチは当然必要であろう。しかしながら、その反面、「倫理」が具体的に指し示そうとする内容が、講演者によってかなり広がりがあったし、曖昧なものに感じられたことは残念である。研究対象として焦点を当てられたばかりの「技術倫理」は、今後概念的な整備も要請されることになるだろう。
 また、個々の議論については、エンジニアが実践において直面する問題に対する関心を重視する傾向が見られた。理念的な議論が展開されることが多い哲学的な問題としての倫理という領域に、工学というきわめて実践的な問題に対する意識が強い領域が接合することで、学問として重厚でありながら実践ベースに展開できる領域として期待される。研究上直面する倫理的問題の類型をあらかじめ把握していれば、少なくともその問題については準備して対応することができるだろうし、どこに倫理的問題が発生するのかという意識があることは、少なからず将来におけるエンジニアにとって有益な議論を生産できるはずである。もちろん、理念と実践の板ばさみによって、逆にどっちつかずの議論に終始する可能性もある。そのバランス感覚こそが、今後この領域に向けられる問題の一つではないだろうか。






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