2001年度春のシンポジウム

『STSから考える市民運動』

浅見恵司(東京大学)




 さる3月23日、2001年度春のシンポジウム「STSから考える市民運動」を開催した。当日は多くの参加者があり盛況だった。科学と社会の間におきるさまざまな問題についてはこれまで「市民と専門家」や「合意形成」などのテーマで議論されたが、今回のシンポジウムは「市民運動」そのものをテーマに、科学技術の問題ではなく社会的な側面から議論するという意味で画期的なものとなった。
 当日の構成は、原子力資料情報室の伴英幸氏、たんぽぽ舎の柳田真氏からそれぞれ原子力問題を巡る市民運動についてのお話があり、次に生命科学を専門とする名古屋大学理学部の河田昌東氏から、市民運動とくに遺伝子組み換えから市民と科学者が付き合うということについてお話していただいた。その後、京都女子大学の平川秀幸氏からSTSからのコメントを頂き、総合討論に入った。ここでは、それぞれの方からのお話を簡単に紹介することでシンポジウムの報告とさせていただく。

 はじめの伴氏、柳田氏のお二人にはあらかじめ事務局から議論としたいポイントを提示した上で、原子力を対象とした市民運動について話していただいた。
 伴英幸氏からは「原子力資料情報室」について1975年に設立されたころから現在までの活動についてのお話であった。
 情報室の活動目的の変遷として、設立当初に情報室の目的を巡って「科学者の交流サークル」という考えと「運動のための情報室」という考えで論争になり、結局「反原発を進めることに寄与する」ということになった。その後1999年にNPOになったときに「原発に依存しないエネルギーシステムの確立」と変えた。
 伴氏自身は1987年に故高木仁三郎氏が校長であった「反原発出前のお店」養成講座に参加し、1990年のスタッフ拡充で情報室で働くようになった。伴氏は最近の目標として、ドイツなどで脱原発が政策となり日本でも世論調査で原発推進がずっと減ってきていることを受けて、こういった変化を政策に反映させることだとした。また、そのためにはまず原子力推進を定めた法律を変える必要があるということを指摘した。
 研究者への意見としては、まず理系の研究者は困難さを知っていて進めているという責任があるのではないかということを挙げた。その具体例としてJCO事故などでの被曝の影響について「科学的知見」として否定的な見解を出してくると何のための科学なのかと議論になるということを例として挙げた。また社会科学に対してもリスク論について、多少のリスクがあっても少ないからいいじゃないかという論法に変わってきているのは問題ではないか、と指摘した。情報室の前代表であった高木氏は科学者であり「市民科学」の実践としてやってきたが、伴氏自身は市民であって科学をどう自分の力にするかということを考えていて、「市民科学」とは何かということについては模索しているということであった。
 次に柳田氏から「たんぽぽ舎」の活動の紹介を中心に話していただいた。
 たんぽぽ舎は都の職員からなる都労連有志の原発研究会を母体として1986年のチェルノブイリ事故をきっかけに作られ、労働者と市民の交流の場、従来のタテ型の運動ではなくヨコ型の「広場」を目指している。問題点として強調している点は核兵器と原発は同じだということで、柳田氏たちはチェルノブイリで世界中に放射能が撒き散らされたのを見てそう考えた。また平和利用として始まった原子力発電であるが核武装と密接に関わっているものであり、アジアの人たちは日本の核武装を疑っているということも強調した。
 柳田氏が活動の転機として挙げたのは1995年1月の阪神・淡路大震災と12月のもんじゅ事故で、地震と原発という問題にそれ以来取り組んでいるということであった。活動の困難としては財政難と、原発推進が国策であること、日本の市民運動・社会運動が薄いことなどを挙げた。しかし、原発推進のさまざまなうそが歴史の重みに耐えかねて明らかになってきたのではないかということも感じているということも強調していた。
 科学者・研究者に望むことは、政府のために働くようにリクルートする巧妙な仕組みが出来上がりつつあるようだがくれぐれも御用学者にならないようにしてほしいということをおっしゃっていた。
 3番目の河田氏は名古屋大学の理学部で分子生物学の研究者でありながら、さまざまな市民運動と関わってきた経験から「市民運動と科学者」ということを中心に話していただいた。
 河田氏はもともと遺伝子の機能を解析する研究をしていたのだが、当時から怪しげなものだと思っていた。それがいつの間にか身の回りに入ってきたので、周りの人に突き上げられて遺伝子組み換え関連の話をやっている。河田氏が原子力と遺伝子組み換えの大きな違いとして挙げたのは、原子力では地元の人々が大きな権力を持っているが、遺伝子組み換えでははっきりとした反対運動がなく食品問題の中で扱っているという点であった。一方で遺伝子組み換え食品の運動の強みとしては個人のレベルで食べる・食べないという選択ができるということも併せて指摘した。そういったことを考えて河田氏は専門の領域を生かして解説や紹介をすることを自分の役割としてきた。
 研究者として思うこととして、昔大学で使う薬品に関して問題にしようとしたらもめたりと30年前は環境問題を研究テーマにすることはできなかったが、今はそれができるということを挙げた。
 また前の2人の話を受けて、原子力で役人が法律を持ち出さなければならないのは自信がないからで、官僚も論理破綻に気づいているのだと指摘した。科学技術の先端のことほど定説がない。だからこそ政治なり市民運動なりが結論を出さなければならない。そのとき研究者がどちらの側に立つのか、自立した判断が必要なのではないかということを提起して河田氏はお話を締めくくった。
 後半の総合討論の冒頭に、平川氏に3氏のお話を受けてSTSからの応答としてコメントしていただいた。
 STSからの視点から考えると、市民運動の担い手の多くがそうである「非専門家」と行政や企業サイドの「専門家」との間のコミュニケーションの問題、政策決定への市民参加の問題を考えている。
 平川氏はその中の大きな問題として「何のための科学か」ということがあるとした。科学には不確実なものがある。しかし、科学はそれを覆い隠す方に働きやすい。その反対に分からないから慎重にやろうとする予防原則がある。それを健全な科学ではないとすることもあるが、健康を守るという立場から考えればそのような慎重な立場の方がむしろ科学的だとさえ言えると、立場の重要性を強調した。
 次に平川氏は、高木仁三郎氏の「市民科学」に関連して不安に応える科学、応えない科学ということに触れた。市民は分からないから不安になる。専門家はそれを根拠がないからといって否定するが、不安に応える科学の重要性を指摘した。
 専門家と言ってもその専門性の中身自体が実はかなり怪しいもので、これは民主主義の問題と直結してくる。だから科学論争のために情報を開示することが必要であり、その上でさまざまな人が多元的にチェックすることが必要になってくる。
 また専門家の方こそ視野が狭くなりがちであり、市民の側の方がもっといろいろな視点から考えることができることがしばしばある。こういった問題のフレーミング・枠組みをどうするかは運動にとって非常に重要な課題であり戦略であると平川氏は指摘した。
 運動にとってどうしても専門家の支援が必要になってくるというところで、平川氏は具体的な実践例としてサイエンス・ショップを挙げた。大学の資源を産業やアカデミズム内部で独占しないで、まさに市民に応える科学ということでやっているものだ。最後に日本でも、今後大学のリソースをどう市民社会に役立たせるかということも考えていかなければならないのではないかと平川氏は問題提起した。
 このあと会場も含めた総合討論になった。「何のための科学か?」「市民と研究者の共同は作れるか?」「市民運動が広がっていくには?」といったところから議論は始まり、「何のための、と問うのではなく、誰のための、と問うべきではないか」「運動の広がりにとって印象・イメージが重要なのではないか」などの論点が加わりながら活発な議論がなされた。とくに「運動を広げるには」という運動論・組織論に関して、運動の側が押し出すイメージや、目指している方向・在り方という意味でのヴィジョンについて議論が展開され、非常に中身の濃い総合討論となった
 最後にいくつか私の感想を述べてまとめとしたい。
 伴氏と柳田氏のお話では同じ原子力を問題としながら、原子力資料情報室とたんぽぽ舎が設立された時期や当初の目的・構成の違いからそれぞれ違った目標・活動形態をとっていることが対比できた。とくにたんぽぽ舎が労働運動から派生しながらそれとは違う組織形態として「広場」のような人のつながり方を目指してきたという点は、90年代を生き抜いてきた市民運動の経験として興味深いものがあった。
 またお二人とも「国策としての原子力」という点を困難としてあげていたことは共通していた。一方で河田氏は「国策というのを持ち出さなくてはならないほど論争では勝っている」としていた。これも問題に結論を出して割り切る科学者と、市民活動家の考え方のギャップといえるのだろうか。
 総合討論の最後に「はじめに結論ありき、という点で運動の側も行政の側も同じに見える」という趣旨の意見があった。それは一般の運動のイメージとしてあるだろうし、実際問題として運動の創成期には掲げた目標・主張を正当化するために資源動員的にならざるをえないだろう。しかし、今回のシンポジウムの議論はそういった段階を超えて、伴氏がお話の中で世論調査を示していたように、ある程度問題意識が浸透した中で次にどのような形で進めていくかという議論がなされていたように思う。その戦略に関して情報室が政策提案型で賛成・反対の討論を進める方向を採っているのに対して、たんぽぽ舎は少ない力を集中してまず1つ原発を止めるという方向を採るというコントラストが運動の中に存在するということが今回の議論を通じて浮き彫りになったのではないか。
 今回の議論では一貫して専門家への市民からの注文、裏を返せば期待、が大きな論点となった。とりわけ河田氏からの科学者として市民運動に関わるということについての話は、STSNJの構成員が依然教官・学生層が多い中で自分たちの在り方を直接問うものとして大きかったのではないか。ある意味「自省的な」シンポジウムを狙った事務局の目的は達成されたと思う。また、科学論では「科学の公衆理解」のような非専門家が専門家に近づくという方向での議論が強調されがちであるが、今回の議論では専門家の側が市民の考え方に近づき発信していく必要があるという点が繰り返し議論されたのは有益だったと思う。
 最後の最後になりましたが、今回お話していただいた伴氏、柳田氏、河田氏、平川氏、そして、会場に足を運んでいただき議論に参加してくださったみなさまに感謝の意を表して報告を終わりとします。





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