特集 遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議

【観戦記】「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」について
平川秀幸  (京都女子大)




 昨年9月から11月にかけて、農林省の外郭団体・(社)農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)主催による「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」が開かれた。
 この会議では、過去二回の実験的なコンセンサス会議を開いてきたメンバーで、「科学技術への市民参加を考える会(AJCOST)」の代表でもある若松征男氏(東京電機大)、塚原修一氏(国立教育研)が運営委員に加わり、小林傳司氏(南山大)が会議ファシリテーターをつとめた。市民パネルには全国から公募抽選された18名が集まり、数人の専門家からのレクチャーを経て質問書「鍵となる質問」を作成し、これに回答した他の専門家たちと実にホットな議論を展開していた。その主成果である報告書『市民の考えと提案』と、専門家たちのプレゼンテーションなど会議の経緯を伝える資料は、STAFFのホームページ<http://web.staff.or.jp/>に公開されている。
 筆者は、一般公開された第3回(市民パネルの質問書に対する専門家からの回答と質疑応答)と第4回(報告書『市民の考えと提案』の発表)の会議を傍聴したが、とくに次の3点でこの会議は成功だったのではないかと考えている。
 一つは、いわゆる「素人」である一般市民は科学・技術の問題について決して「無知」ではなく、それどころか、個々の個人的・職業的観点から鋭い問題提起を行い、専門家が市民から学ぶことも多いという、STSにおける「一般市民の科学理解(PUS: Public Understanding of Science)」論の基本的洞察が、この会議でも見事に確証された点だ。それは、単に当該の領域の専門的訓練を受けていない「素人」も、専門的議論を十分消化できるということに留まらず、消費者として、親として、農業生産者として、学生として、それぞれの生活の文脈に根ざした「生きた疑問」を投げかけ、特定の専門領域の視点や利害関心に凝り固まりがちな専門的議論を、より幅広い文脈に位置づけなおす力を誰もが持っていることを示している。
 二つめの成功点は、まさにそうしたいわば「問題の拡張的再定義」の一例だ。それは、しばしば自然科学的・工学的問題と捉えられがちな科学・技術のリスク問題について、社会科学的な分析がいかに重要であるかを市民パネルが報告書のなかで訴え、これをとくにSTAFF所属の専門家や行政官らと分ちあえたようだったことだ。会議には専門家として、STS業界からは藤垣裕子氏(東京大学)、林真理氏(工学院大学)、また『なぜ遺伝子組み換え作物は開発されたのか』(明石書房)の著者である大塚善樹氏(広島経済大学)、農業経済学から久野秀二氏(北海道大学)が説明や回答を行っているが、市民パネルの間では、彼女・彼らの話がことのほか印象深かく開明的だったそうだ。(小林傳司さんによれば、とくに藤垣さんは「ジョディー・フォスター(?)みたいでカッコいい」と大評判だったそうだ。)これを反映して『市民の考えと提案』は次のように締めくくられている。

「国にすべての政策決定を任せきりにすることは、私たちの自己決定権を放棄することになる。また、感情的に反対することは、私たちの意志を政策に反映する上ではマイナス要因でしかない。国・企業・研究者と市民の双方向性のある議論をするために、私たちは問題に関する情報を知るとともに、リスクとベネフィットについて判断する社会科学的なものの考え方をする必要があると感じた。今回のコンセンサス会議で、社会的合意を得るための考え方の手段を社会科学の分野が取り扱うことを知ったが、まだ一般的にあまり馴染みのない考え方ではないかと思う。国は情報を提供するだけでなく、科学技術に関する社会科学的な分析についても啓発の必要があるのではないか。市民一人一人がきちんと考えることが、長い目で見て社会の利益につながる。」

 これに対して専門家たちの感想が全体的にどんなものであるかは、市民パネルのものも含めて、これから追跡調査する予定だが、少なくとも会議終了後に直接言葉を交わらせることのできたSTAFFの理事の方から受けた印象や、その後、ファシリテーター役をつとめた小林傳司さんから伺った話では、農業技術関係の専門家にとって社会科学的な視点は非常に新鮮で、今後研究していく価値が非常に大きいと受け止められたようである。
 ちなみにこの会議で一番印象に残ったのは、実は、この社会科学的な視点をめぐって、第3回会議で市民パネルの質問書に回答した社会科学系の専門家と自然科学・工学系の専門家との間で、遺伝子組み換え農作物のリスクとベネフィットを論じるには、その技術の開発と利用が行われる社会的文脈―現在のモノカルチャー的で工業的・商業的な農業・食糧システムの構造―を考慮する必要があるかないかをめぐって、非常に明確な意見の分裂があったことである。
 なお『市民の考えと提案』は、第4回会議でプレス公表され、朝日・読売・毎日を含めた11月5日付けの新聞各紙で報道されているが、市民パネルが口頭でも報告書でも強調したこの「社会科学的視点の重要さ」について触れた記事は一つもなく、また当日の記者からの質問でも一切触れられなかったという事実は、この領域の問題に関するマスメディアの鈍感さを物語るエピソードとして指摘しておきたい。
 会議の三つ目の成功点として考えられるのは、今回の会議が、農林水産省の行政としての意思決定に直接連なるものではなく、遺伝子組み換え作物に関する研究開発の文脈に位置づけられていた点だ。行政が開催するこの手の「市民参加型会議」には、原子力部門や公共事業での類似制度に顕著なように、そこでの市民の判断が行政の意思決定の正統性に対する「言質とり」として利用されかねないという懸念が常につきまとう。(実際、この会議でも当初は、市民パネルのあいだでこの懸念が強く、他方、専門家や行政サイドも、「素人」がちゃんと正しい技術評価ができるのかという疑心暗鬼があり、かなり雰囲気がぎすぎすしていたという。)しかし結果的には、今回の会議は、この危険を極力回避したものになっていたと考えられる。80年代半ばにデンマークで開始されたコンセンサス会議は、その後、イギリスやアメリカ、韓国、フランスなどいろいろな国に広がり、若松さんや小林さんらによって、1998年のSTS国際会議での「遺伝子治療」をテーマにした会議や、1999年の高度情報技術をテーマにした会議が実験的に行われている。それらのうちたとえばデンマークの場合には、デンマーク議会の機関であるデンマーク技術委員会(Dunish Board of Technology)によって行われたものであり、(行政府ではないが)立法府という政治的意思決定の場に位置づけられていた。その点で今回の日本の例は、世界的にユニークなものだったといえるのではないだろうか。
 とりわけこのユニークさで重要なのは、コンセンサス会議の本質的機能は、その名が示唆する「合意形成」よりは、専門家と非専門家のあいだや専門家同士、非専門家同士のあいだに潜む「隠れた」意見の不一致や、気づかれにくい論点を表に出すことによって、専門家・非専門家を問わず参加者が相互に学びあい、より正統性のある合意形成に必要な適切なアジェンダ・セッティングを可能にすることにこそあるということだ。(参考:小林傳司「"コンセンサス会議"という実験:素人に科学/技術を評価する資格はあるか」、『科学』、1999年3月号)。この点で、コンセンサス会議は、政治的意思決定よりは、研究の文脈に位置づけられたほうが、本来の機能を発揮しうるといえるのだ。実際、今回の会議では、先に述べた社会科学系と自然科学・工学系のあいだの専門家の意見の不一致だけでなく、遺伝子組み換え作物の安全審査の要である「実質的同等性」という概念についての考え方も、必ずしも専門家同士で完全に一致してはいないという事実が明らかになっている。また市民パネルのうち農家の女性からは、日本モンサントの副社長の方に対し、「遺伝子組み換え作物の藁屑などを家畜の食糧にした場合の危険性は調べられているのか」との質問が投げかけられ、これがまだ未解明であることが明らかになり、また今後モンサント社でも調査するという「約束」の言葉を引き出している。
 もう一つつけ加えれば、研究の文脈とはいえ、STAFFのような公的研究機関が会議を主催し、その成果を活かすことは、「公的研究機関の役割とは何か」を示唆しうる点で重要だ。とくに遺伝子組み換え作物の分野は、企業主導・市場原理主導で研究開発と利用がすすめられている分野であり、ともすれば社会経済的な影響も含めた安全性への慎重な配慮が疎かにされがちなだけに、公的研究機関とそれを支援する行政の研究開発政策の役割は、公共性のある科学・技術の研究開発・利用を担保する上で極めて大きいといえる。実際、日本でも地方の農業試験所では、地域の環境などに適合した品種改良を農家とともに取り組んでいるそうであり、今後はそういう地道だが本質的に重要な努力に積極的に光をあてていくことが大切だろう。
 なお以上では、会議の成功点を主に論じてきたが、今後の展開も含めて問題点がまったくないわけではない。問題点の評価も含めた総合的な評価は、昨年度より筆者も含めて神戸大学国際文化学部のスタッフを中心にすすめられている科研費研究プロジェクトによる追跡調査・研究で明らかにしていきたい。
 また2月5日に開かれたSTAFF主催のシンポジウム『テクノロジー・アセスメントへの市民参加を考える』の若干の感想も含めた最新版の報告は、英文ながら小生のホームページ(http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~hirakawa/)で公開している。




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