特集 遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議

【「専門家」から】 コンセンサス会議に「説明者」として参加して (注!「専門家パネル」ではありません)
藤垣裕子  (東京大学)




 今秋、日本における3回目のコンセンサス会議が農林水産省主催の形で開催された。プロセスの詳細については、http://web.staff.or.jp ですでに公開されているので、ここでは9月23日につくばにおいて「説明者」として「リスク論、安全学の視点から」という講演をおこなった参加記を記す。

<準備プロセス>
 まず講演準備で困ったこと。コンセンサス会議に資料を作るにあたって、ファシリテータである小林傳司さんからもらった言葉は、「(市民パネルは基本的に本当に素人の方々ですから、こみいった議論をせず)、われわれの世界での議論における正確さを犠牲にしても、できるかぎりわかりやすく」というものであった。今回のコンセンサス会議をまとめる上で、ファシリテータである小林さんの苦労と努力は相当のものであったと拝察するが、その小林さんによるこの注文には頭を抱えた。STSの専門性はまだ構築途中であり、「われわれの世界での議論における正確さ」でさえ、まだ構築途中であるのに、それを「わかりやすく」説明することのしんどさ、を実感したためである。私は、現在の職場である東京大学総合文化研究科(駒場)においてSTSの専門性を同僚(つまり科学者)に納得させることと同時に、媒介の専門家としての語彙を市民にわかりやすく説明することが求められ、双方の要求水準の方向の違いの認識と両立の難しさに直面した。科学者が最先端の研究を「わかりやすく」説明しろ、と言われて躊躇する気持ちがよくわかるような気がする。

<当日>
 さて、このようなしんどい作業をへて、当日を迎えたわけであるが、当日(9月23日)は、科学者サイド側(推進側)の人数が圧倒的に多いスタッフ構成で、社会科学サイドからの参加である林真理氏と私にはかなりのプレッシャーであった。しかしプレゼンテーションは、市民パネルに好評だった。「聞いてて元気がでた」「リスクと責任論はとても刺激的だった」などの感想のほか、市民パネルから、総合討議で使えそうな、かなり本質的な意見がでてきた。とくに年配の女性から「レーチェルカーソン等の例に見られる科学への警告と、次世代への責任」についてのコメントをひきだせたことは、かなりの成功であったと思われる。このようなコメントが自分の口からでるようになれば、あるていど科学者など専門家に対しても、堂々と市民の意見をぶつけることができる。at Citizens' Panel's Risk「市民パネルの責任において」報告書を作成するための1つの動機づけとなったと考える。また、食品疫学への思考を促す「わかりやすい」疫学の資料を作成して臨んだ身としては、専門家への鍵となる質問に「健康への長期的影響の評価」「食物の毒性評価」の項目が入ったのはうれしいことである。
 
<会議の中立性>
 ウィーンでの4S・EASSTジョイント会議の帰りに、空港でハーバード大学のジャサノフ氏(現4S会長)にばったり会い、いくつかの情報交換(今回の4Sの感想、そして来年の4S(ボストン)に何が必要か、秋からの授業に必要なあるトピックに選ぶべき文献、欧州と米国のSTS状況の違い)のついでに、日本の農水省のコンセンサス会議のことを伝えると、「農水省が主催で、コンセンサス会議の独立性が保てるのか」と開口一番に本質をついた質問がでた。たしかに、今回はこのような官庁が主催ということもあり、市民側も、主催者側も疑心暗鬼、という状態が初期にあった。このことによって、われわれ説明者側にもかなりの負担が生じ、おそらく運営委員会にも多大な負担がかかっていたことだろう。2000年秋冬にかけて進行中の科学技術庁主催のコンセンサス会議の運営をめぐっても、さまざまな意見が出されている。情報バイアス、説明者や専門家パネル選択プロセスへのバイアス、市民パネル選択プロセスへのバイアス、コンセンサス作成プロセスに混入するバイアス、そしてそれが利用されるプロセスにおけるバイアス、、、など、主催者によってはさまざまな問題が懸念されるのも事実である。行政からも市民団体からも独立な、第三者機関のようなものが主催できるようになることが望ましいと考えるが、普及プロセスにおいては、主催者ごとの上記バイアスの吟味を徹底して行う必要があるのだろう。
 
<それでも成果として>
 それでも、公表された「市民の考えと提案」のなかに、次の文章がくりこまれたことは、かなりの成果であると考える。「今回のコンセンサス会議で、社会的合意を得るための考え方の手段を社会科学の分野が取り扱うことを知ったが、まだ一般的にあまり馴染みのない考え方ではないかと思う。国は情報を提供するだけでなく、科学技術に関する社会科学的な分析についても啓発の必要があるのではないか。」これは、STSの存在意義を市民パネルが理解し、それをもっと普及させる必要があるという要望を表明しているということである。この部分もふくめて、今回の市民パネルによって公表された提案文書の質は高い。この種のある意味で壮大な社会実験ともいえる市民会議は、実施し、相互学習し、反省点を公表して次に生かすというサイクルをへてこそ、よりよいものになる。この会議の運営にかかわった多くの方々の尽力に敬意を表したいと思う。



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